平成25年度業界振興論文・最優秀賞

 

誇れる理容を業として

東岡一博(大阪府組合)

 

 目次

 序 論
 理容業の中の組合員として

 本 論
 ① 組合活動と店舗経営
 ② 青年部の活動と将来性
 ③ 来たるべき高齢化社会の中で

 結 論
 誇れる理容を業として

 参 考 資 料

 

【序論】
 理容業の中の組合員として

 日本は今、バブル崩壊・リーマンショック以降の慢性的な不況とデフレなど、約二十年間低迷期を彷徨っている。そこに追い打ちをかける様に一昨年の東日本大震災…。間違いなく戦後もっとも困難な時期を迎えている景気の中で、この理容業も例外ではない。
 規制緩和・少子高齢化・大手企業の参入・低料金店の出現など、とりわけ理容業の中でも、我々「全国理容生活衛生同業組合連合会組合員」(以後、組合員と称す)の取り巻く環境は、非常に厳しい現状に他ならない。
 確かに先の衆議院総選挙で、民主党から自民党の安倍政権に代わり「アベノミクス」なる三つの矢の成長戦略で、株価は上がり円高には歯止めが効き、近年稀にみる明るい兆しが見え始めている。
 しかしそれも一時的で、来年四月からの消費税段階的導入及び、復興特別税の徴収・円安の為の原材料の高騰などで、給与所得が上がる前に物価上昇が我々を圧迫するであろう。
 その中でこの理容業の組合員として、店舗経営を行い、生き残って行かなければならない我々は、何を削り何を伸ばしていくのか?最善の選択をしなければならない。
 確かに将来の厳しい状況の中で、しかも組合員が減少という、向かい風の中を立ち向かうには、不安要素ばかり嘆いていては、明るい兆しは見え出せない。現状を謙虚に受け止め、さまざまな情報に耳を貸し、かつ有効的に自分のモノにする。そういった心構えで、将来を見据えていくと、そう悲観的にならなくても良いのではないか?
「要は考え方しだいである。」
そのヒントになり得るモノを、私は組合活動にあると考え、これから検証して行きたいと思う。

【本論】

 ①組合活動と店舗経営

 私事ではあるが、平成六年に理容師免許を取得して以来、十九年間ずっと組合員として理容業に携わってきた。修行先も組合加盟店であったし、今の店舗も父の代から組合の組織にいた。であるから私自身、この理容の仕事は組合活動も含めての〈業〉として受け入れている。
 両親と妻とで、小さなファミリーサロンとしてこの地に根付き、先代から含めると四十七年間、組合員として理容業で暮らしている。
 改めて考えると、この移り変わりの激しい昨今、一つの仕事で約半世紀もの間、生計を立てていけるのは凄い事だと思う。またその様な店舗は、全国の組合員に多数存在するのが更に凄い事だと思っている。 スケールメリットを活かした「療養補償や賠償責任補償・年金などを含めた五共済」「旬のトレンドを考慮したニューヘアなどの技術提案」「店舗出店改装時の資金貸付」など、さまざまな形で我々の様な小規模経営を支援してくれるのも、要因の一つではないだろうか?もちろんこの様に組合が提供するメリットのある情報を、上手く店舗経営に落とし込むのは、店主の手腕による所でもある。私はいつも組合から提供されているポスターやリーフレットなどに、一言POPなど付け加えて飾っている。手作り感が出ていい感じである。また先日、組合が推奨しているフォトコンテストに応募し入賞を頂いた。その時の画像をプリントアウトし、独自のスタイリングブックとして、お客様に提案して好評を得ている。
 要は与えられたモノをそのまま使うのではなく、自分のお店に合った形で、自分のお客様が求めている情報として提供していく…。そういう使い方をすれば、組合の発する情報も一方通行ではなく、有意義なモノになるのではないだろうか。

 ②青年部の活動と将来性

 私の中の図式では、理容業=組合活動であり、組合活動=青年部活動でもあった。
 修行先から地元に帰りすぐ、支部の青年部長に任命され、ただ右も左も分からぬまま組織の活動に加わった。確かに最初は重荷に感じ、やらされていた感は否定できないが、継続し続ける事で仲間との連帯感が生まれ、同じ世代という事もあり、悩みや希望を共有する事によって組合における青年部、更には理容業における青年部を盛り上げていこう!と使命感が湧いて出た。
 組合組織には、教育部・厚生部・事業部・共済部など色々あるが、青年部ほど柔軟な発想で時代性をくみ取り、旬な技術講習や著名人の講演会、ボランティア活動に学校訪問など、フットワークの軽い活動をしている部はないと思う。
 余談ではあるが十年ほど前、ある著名人の講演会を企画した。全くコネも紹介もなく、白紙の状態から依頼を嘆願しに行き、出演料の交渉から会場確保・チケット販売まで携わった。今ではその著名人も、とある市長であり党首の共同代表にまでなっている人物なので、現在では考えられない話しなのだが…。そしてその講演会も無事、大盛況の内に終り、その時に観客として見に来ていた女性が、今の妻になっているのも運命じみたものを感じている。
 話しは戻すが、青年部に入ってさまざまな講習・講演を行ってきて一番の収穫はやはり人脈だろう。さまざまな分野に長けている人材が、一つの事柄を成し得るのに尽力をつくす。時には意見の違いや見解の相違で、対立する事もあるが、より一層そこで話し合い理解を深めていく事で「絆」というものができ、何事にも代えがたい人脈が築き上げられてきた。
 もちろん、互いにライバルでもあり個店の店主の立場ゆえ、意識する部分があるのだが、それ以上に切磋琢磨する事で、いい相乗効果が得られる。私はそんな場を提供してくれる青年部が、たまらなく好きだ。
 ただそんな青年部でさえ各地域、部員の減少傾向に危惧するところにある。全国の組合員の減少はもとより、下部組織である青年部の減少は深刻な問題である。
 日本の人口ピラミッド(参考資料①)と同様に、組合員の加入状況も同じ形を築いていると思われる。新規加入が減り高齢化が顕著に出て、ピラミッド型からタワー型の分布になり、しいては逆ピラミッド型を形成するに至る。逆ピラミッド型の組織形成など崩壊に等しく、ありえない。
 我々の世代が、もっと組合加入の意義を、もっと青年部の必要性をアピールして、業界維持に努めなければならない事は急務である。

 ③来たるべき高齢化社会の中で…

 参考資料①のグラフを見ても分かる様に、今後日本は世界の中でも類を見ない超高齢化社会に突入する。国民四人に一人は六十五歳以上の高齢者という現状から、二0四0年には一・四人に一人の割合で高齢者を支えていく社会となる。もちろん、その時の高齢者は我々の世代になるのだが…。
 次に参考資料②を見て頂きたい。私の地元の組合員数の推移だが、店主の高齢化・後継者不足で、統計三年ごとに減少数が増え続けている。このまま行けば組織維持の最低数二千人を切る事は明確であろう。
 だが、この様な暗雲立ち込める未来の中でさえ、あえて私は「理容業で生きていける!」と言いきりたい。ここでも使うが
「要は考え方しだいである。」
 国の示す高齢者とは、定年退職後の年金受給者つまり六十五歳以上を指す。更には社会保障制度で庇護される世代を言う。それに対して、全国の理容師の平均年齢は約六十歳。 高齢者世代が現役のバリバリである。現に私と一緒に仕事をしている父も、七十六歳で給与所得者であり納税者でもある。
 要するに健康で理容に従事している者ほど、国の財政負担を軽減している〈層〉はいないと言えるのではないだろうか?師匠と呼ばれる理容の先生方は皆、バイタリティに溢れて父も含めて元気である。理容という職業が、立ち仕事で手先を器用に使い、お客様と会話にとんだ接客をするという業種柄、世の高齢者と比べると明らかに元気だと感じるのは、私だけではないだろう。
 また、年齢別市場でも同じ事が言える。先行きの不透明感を感じて堅実すぎる若年層よりも、年金・資産を有する団塊の世代をターゲットに営業展開をする事は、間違っていないだろう。またこのボリュームゾーンは二十年後、自分自身に置き換えられる。つまり団塊ジュニア世代が高齢者となり、市場の中心となる。同年代を相手に接客する程、堅実な経営はないだろう。如何にいつまでも健康で働ける事が、一番大事なのが分かる。だからこそ、その健康に留意する為に是非、組合の厚生部活動などを活用して頂きたい。私自身、フットサルやマラソンなどを、組合員の仲間から誘いを受け、今では非常に健康を謳歌している。つまりは、先行き不安定な高齢化社会でも、この理容という職種で、組合を上手く自分の人生に取り入れ、活力ある店舗経営をしていれば、必ず乗り越えられるのではないだろうか。
 私自身、将来は訪問理容やケア理容師の分野がカギとなると考えている。絶対数が多くなる高齢者を対象に、容姿はもちろん身体や心のケアまで含めた整容を、待ちの姿勢ではなく、訪問理容という攻めの姿勢で、シニア市場に提供出来るサロンが理想ではないだろうか。

【結論】

 誇れる理容を業として…

 ある日、娘がふと私に話しかけた「パパはいつもお仕事頑張っているから、これあげるね」と、チョコレートをくれた。いつもお菓子に関しては、人一倍独占欲の強いあの娘が!である。ただの日常会話であるが、この上なく嬉しい。せっかくの日曜日でも構ってやれず、寂しい思いをしているに、親の仕事ぶりを見ていての言動が、この労いの言葉だとは…。親が一生懸命に働いている姿を、子供に見せられる業種は、そうそうにない。理容業に従事して良かったと思う瞬間である。
 またこの理容業は、真心こもった手作業の仕事である。どんなに機械化技術が進もうとも、どんなにコンピューターシステムが普及しようとも、触感作業の快適性は、人の手に勝るものはない。これも理容業の魅力の一つだ。
 そしてまた、この様な言葉も耳にした。
 「自分が本当の笑顔で接しなければ、お客様を本当の笑顔で帰す事は出来ない」
 「隣の芝生の青さを羨ましがるよりも、自分の芝生に水をやる事を考えなさい」
 「選ぶのは全て、お客様…」
 どれも組合員の先生方や青年部の先輩から、教えて頂いた言葉である。全くその通りだと思う。この様な助言をしてくれる人々がいるからこそ、私は組合活動に意義を感じているのかもしれない…。
 最後に〈業〉という言葉は「生活の為にする仕事・努力してなしとげる事柄」という意味である。さまざまに点在する〈業〉の中で、この理容業を選択したのは、間違っていなかったと思う。そしてこの先、混沌とした未来が待ち受けていると思うが、確実に胸を張って言える事が一つだけある。
  私はこの誇れる理容を業として
       これからも生きていく…。

 

参 考 文 献

参考資料①「日本の人口ピラミッド」
(平成二十五年六月六日付 読売新聞)

参考資料②「某都道府県理容組合員数 推移表」
(一九七七年版~二0一二年版 組合名鑑
 大阪府理容生活衛生同業組合 文化広報部)

 

審査講評
審査委員長  尾﨑 雄(生活福祉ジャーナリスト)

 超高齢社会の進展と消費税の引き上げなど社会・経済状況の大転換による大波はどの業界も等しく被る。
 本論文の筆者は、理容界を取り巻く厳しい現状をありのままに受け止めたうえで、冷静に、しかし悲観せず、理容業ならではの強みを生かして将来を切り拓くことこそ理容師、理容店そして理容業界の生きる道だと力説する。「この移り変わりの激しい昨今、一つの仕事で約半世紀もの間、生計を立てていけるのは凄い」と、筆者は自らの業(なりわい)を誇る。その確信は全理連の青年部活動で身に付けたという。
 理容業は立ち仕事で手先を器用に使い、会話に富んだ接客を行うだけに、生涯現役が可能なうえ、若者世代よりも大きいボリュームゾーンの団塊世代を市場化するチャンスにも恵まれている。働く姿を子供に見せることができ、どんなに社会がコンピュータ化され機械化されようとも「触感作業の快適性」を持ち味としたサービスを提供できるのも理容業だ。さまざまな業がある中で「理容業を選択したのは間違っていなかった」という “決意表明”は頼もしい。

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