平成25年度業界振興論文・優秀賞

知識を伝える技術力 ~ツナガるチカラ~

池田正男氏(滋賀県組合)

 

目次

はじめに

正しい知識とホームケア
資料①『毛髪の一生と成長Q&A』
資料②『脱毛の原因と対策』
資料③『正しいシャンプー方法』
資料④『簡単ヘッドマッサージ』

資料活用でツナガり広がる
資料⑤『知識を伝える技術力の効用マップ』

大切なお客様が「どうして!こんな事になってしまったんだろう。」となる前に。

 

 はじめに

 情報革命が進行し続けている。パソコンや携帯電話・スマートフォンに代表される情報機器の普及、インターネットやSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)等の利用者増加に伴い、良くも悪くもいつでも誰でもが情報を得られ、また正誤を問わず情報を発信できる社会となった。
 巷に溢れる毛髪関連情報のほとんどは企業が商品を売る為の道具と化し、商品に好都合な情報が流れる。これは企業として当然の行為であり、非難すべき点ではないであろう。
 ただ、危機感を感じるのは、誤った情報を得た場合の危険性である。インターネット上の文字にはある種の説得力があり、誤った情報でも信じてしまう人が多いのだ。
 こんな時代だからこそ、国家資格と認められている理容師が、毛髪や頭皮に関する正しい知識を、責任を持って伝える義務があると筆者は考える。

 正しい知識とホームケア

 夏のある日、近年まれにみる歯の痛みを感じ、自宅近くの歯科医院を数年ぶりに受診した時の事。
 その痛みは歯垢による歯肉炎からくるもので、普段の歯磨きが大切だという。
「普段どんな感じて歯磨きしてるの?やってみて。・・・そんなん、アカン!アカン!」やってみせると「アカン!」の連発である。「歯だけ磨くのと違うで。歯茎をまずブラッシングして、次に歯茎と歯の間・歯と歯の間の歯垢をかき出すようにブラッシングして、最後に歯を磨くんや。鏡見て、しっかり口開けて、歯茎から歯に向かって縦にゆっくり、しっかりブラッシングするんやで。」
ショックだった。確かに子供の頃からジッとしている事が苦手で、歯磨きは面倒くさいと思っていた。
 しかし今は、いくつになっても自分の歯で好きな物を食べ続けたいという希望もあり、早速教えられた歯磨き方法を実践した。やはり、それまでよりも時間がかかり面倒ではあるが、子供の頃から診てもらってきた信頼できる歯医者さんのアドバイスである。間違っているはずはないと信じてやってみる事にしたのだった。
 夏も終わりに近づいた頃、大学進学を機に地元を離れていたお客様が立派な社会人となり、帰省のついでに再来店してくれた。若干雰囲気は変わっていても面影はあるのですぐに彼と分かったが、頭部の変化(薄毛)が気になったので、
「ちょ~っと、頭皮の色良くないよね。日焼けも良くないんやで。紫外線対策してる?帽子とかかぶった方が良いよ。」
と、投げかけてみると、
「そうなんですか!なんか抜け毛多いし、ヤバイですか?安い店でカットだけしてもらってて、そういうの言ってもらった事ないんですけど、どうしたら良いですかね~。」
との反応があった。本人に自覚があれば話は早いので、毛髪の基礎知識として『ヘアサイクル(毛周期)』や『脱毛の原因』を説明した。その上でホームケアの一つとして『正しいシャンプー方法』を口頭で伝えたのだ。
 彼のそれまでのシャンプー方法は、事前の濡らし方は不十分・頭皮はあまり気にせず毛髪の整髪料を落とす程度の洗い方・トリートメントはサッと軽く流すだけだという。そんな事では因果応報・自業自得である。
 毛髪の基礎知識と正しいシャンプー方法を知った彼は、
「そんなん知りませんでした~。」
と肩を落としてしまった。さすがにこのまま帰すわけにもいかず、もう一つのホームケアとして、サロンのヘッドマッサージメニューをアレンジした『自分でデキる!簡単ヘッドマッサージ』を伝授し、
「とにかく毎日、この正しいシャンプーとヘッドマッサージやってみて。毛周期もあるから、すぐに毛が生える事は無いけど、抜け毛が減って、健康な毛が生えてきやすくなるはずやしな。」
と励ましつつ彼の背中を見送った。このシチュエーション、先日の歯磨きと一緒なのだ。
 歯磨きやシャンプー方法は、何かのきっかけ(トラブル)が起きない限り、家庭の中でのみ受け継がれる生活習慣の一つであり、正しい情報を知るきっかけが無いままに年を重ねてしまった人は、残念な結果になってしまうのではないだろうか。せめて自店のお客様には、正しい情報を伝えなければ。その為にも誰が見ても理解できる資料を作成しようと思い立ったのだった。
 まずはインターネット検索をし、理容学生時代の古い資料から最新の書籍までを読みあさり、自身の知識を深める事に努めた。しかし、大まかな情報はほぼ同様に表現されているが細かい部分では様々な情報があり「真実はいったいどこにあるのだろうか?」と、しばらく頭を悩ませる事になった。
 トップレベルの教師陣をようする理容学校で基礎技学を学び、理容師資格を取得し、約35年間理容業に携わる筆者ですら、多過ぎる情報に振り回されそうになったのである。
 例えば薄毛に悩み始めたお客様が誰にも相談できず、一人で情報収集したところで、どれだけの正しい情報を選び取る事ができるだろうか。理容師としての責任を感じた。
 本来であれば、理容師とは理容師国家試験の際に、実技試験だけでなく学科試験として《関係法規・制度、公衆衛生・環境衛生、感染症、衛生管理技術、人体の構造及び機能、皮膚科学、理容の物理・化学、理容理論》の知識を体得した専門家なのだ。筆者自身、専門家としての自負があったのだがこの始末である。そしてますます情報の整理に情熱を燃やし資料を作成する事になったのであった。

 

※添付資料①~④はお客様の反応を参考に何度も改善しながら作成したものです。

 

 資料活用でツナガり広がる

 前項での経験で作成した資料は、単なる資料という枠を超え、再来店促進の集客ツールとなり、商品の再購入促進ツールとなった。
 つまり、必要な情報を明確に知る事ができたお客様は、その情報の発信元(サロン及び理容師)を信頼するようになるのだ。
 単に、雑談をして趣味や嗜好が合った友達のような関係だけでなく、一目置かれる専門家としての“理容師とお客様”というツナガりが構築される。まさに“医者と患者”のような信頼関係である。
 以前、常連のお客様(50代男性)がドラッグストアで購入したヘアムースを持って来店された事があった。「買ってみたが使っても良いか?」との唐突な質問だったので、成分表示を確認し「大丈夫ですよ。」と伝え、整髪料を選ぶ時や使う時の注意事項を説明した。
 このお客様とは、普段から理美容関係のお話をさせて頂く機会が多く、とても興味を持って聞いておられたので、おそらく専門家として見て頂いていたのだろう。と嬉しく思った反面、ヘアムースなら自店でも販売しているのだが宣伝が足りず、まだまだ知って頂けて無い事が多いのだなと反省させられた。
 後日、新たに作成した資料(添付資料①~④)をこのお客様にお見せしながら説明し、お持ち帰り頂いた。すると、次回来店時にシャンプーを施術していると
「こないだのシャンプーとマッサージ頑張ってやってるんやけど、どうやろ?効果出てそう?シャンプーはどんなん使ったら良いんかなぁ。家にあるやつ使ってんねんけど、どういうのが良いの?」
と尋ねられたので、頭皮を意識して触ってみると、確かに頭皮の柔らかさが以前と違う。頑張ってやって頂けた事と実際に効果が出ている事が嬉しかった。そこで、市販の商品よりも高額ではあるがそのお客様の頭皮の状態を考慮して選んだシャンプー剤を、必要な理由を説明しながらおすすめした。すると何の迷いもなく購入され、その後もシャンプーの再購入は続いており、更に育毛剤や整髪料も自店で購入されるようになった。この事で、作成した資料の有効性に自信が持てるようになった。
 サロンに滞在される限られた時間だけでは伝えきれない情報を、じっくりと見て頂ける“カタチ”にし、お持ち帰りいただく。そうすれば自然な流れの中で、理容師とお客様の間に信頼というツナガりができ、正しい知識が再来店・再購入にツナガる理由づけとなるのだと確信した瞬間だった。
 更にこれらの資料は、スタッフ教育資料としても活用できるのでサロン内の知識レベルの標準化が図られた。そして新しい知識を得たスタッフはその知識を誰かに伝えたくなるようで、積極的にお客様にお伝えするようになりサロン全体が活性化し、近隣の競合他店との差別化にもツナガッたのである。

 

 大切なお客様が「どうして!こんな事になってしまったんだろう。」となる前に。

 理容師にとっては当たり前の昔から知っている知識も、知らないお客様にとっては、新しい情報であり、古くても新しくても必要な情報は必要なのだ。
 行政から認められた国家資格(業務独占資格)である《理容師》にとって、『知識を伝える』という行為を技術と考えれば、理容技術だけでなく、知識を伝える技術力の研鑽もまた、使命であると考えなければならないであろう。
 《理容師》という資格をお客様に必要とし続けていただく為にも、筆者はこれからも、理容店経営者として利益を追求するだけでなく、《理容師》である事に誇りを持ち、大切なお客様に技術はもちろんの事、知識も伝え続けて、お客様のヘアライフに遠慮なく寄り添っていきたいと願っている。

 

<参考文献>
著者:板羽忠徳「20歳若く見える頭髪アンチ・エイジング」

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