平成20年度業界振興論文・最優秀賞

理容業が取りくむべき「感性価値創造」

鳥谷 一弘(鳥取県組合)

 

☆前書き

 戦後、日本経済成長の過程には、「性能が良くて、安全で信頼性が高いものを安い値段で提供していく」そうすれば必ず競争に勝てるといった一つの方程式がありました。そうして弛まぬ技術開発、商品開発を続けてきた結果、今日の日本の産業があると言っても過言ではありません。しかし、社会環境の変化や近隣諸国を含む途上国の激しい追い上げで、「性能、信頼性、価格」といった従来の価値軸だけでは通用しない時代がきているのではないでしょうか?
 2007年5月に経済産業省は「高機能、信頼性、低価格」を超える、第4の価値軸の提案として「感性価値創造のイニシアチブ」というひとつ指針を発表しました。「いいものなのに売れない」時代。私たち理容業もお客さまの「感性」に響き、お客さまの心をつかむことで生じる「価値」を「創造」する方法を身に付け「売上」をデザインする時代です。
 人間の感性には無限の広がりがあります。この「感性価値創造」をサロン経営に結びつけることで、理容業界復活の道標として無限の可能性が生まれると信じています。

☆理容業と商店街商業の現状

 昔、地方都市の風景といえば、人の集まる場所には、「○○商店街」「○○銀座」と呼ばれる個人経営の商店が集まる「コミュニティー」がありました。私たちの「理容室」もその一画で商売を営み地域振興に貢献してまいりました。しかし、最近では、郊外に大型「ショッピングセンター」、「ショッピングモール」ができ、幹線道路沿いには「各種量販店」「コンビニエンスストア」が立ち並び、「○○商店街」「○○銀座」は衰退しつつあります。ではなぜ商店街商業は衰退していったのでしょうか。まずは、異業種が集まる商店街商売の歴史、現状、問題点を検証していきたいと思います。
 モータリゼーションの進展や商業を取り巻く環境の変化などから、居住人口の減少、商店街における空き店舗の増加など、中心市街地の空洞化が勢いを増しています。
 これまでの商店街商業の特徴は「場所の集客力」をあてにして出店してきました。商売のやり方は「見よう見まね」でメーカーや問屋からの情報をあてにした、「川上志向」の専門店でした。経営者は家業の継承者が多く「経営理論」の研修会などは、ほとんど経験したことの無い人たちばかりでした。
 それでも商売が出来たのは、戦後、モノ不足からのスタートだったからです。その頃のお客は生活やショッピングの経験が乏しくお店のいいなりで買い物をしていました。またこの時期は商店街以外に競争相手がなく、いわゆる「売り手市場」ですから、我々理容業も含め「○○商店街の店は殿様商売をしている」という風評がたつ根拠はこのころの店主たちのふるまいからかもしれません。
 そして現在・・ウイナーは郊外にある大型ショッピングセンターです。「核」になる百貨店と、たくさんモノを売ることができる「サブテナント」が集まっています。大型低料金店(理美容)などもこれに含まれます。コンセプトは「量販」です。つまり「一見客」を相手にした商売です。特徴としては、入りやすく、出やすい作りの店舗になっています。安さを強調したディスプレイで、客足を誘導しています。商品は「どこで買っても特に問題はない」と考えている平均的な商品。流行品もふくまれます。接客はセルフかセミセルフで、洋服でしたらサイズやその他の質疑くらいです。顧客管理はほとんどありません。ですから、そういったお店に集まる「一見客」は決まった行き先を必要としない、ましてや「ラグジュアリー」や「こだわり」をもたない「人並みでいいや」という商品を購入していくのです。
 しかしその「人並み」の量販店に満足できない顧客も存在するのです。
 では、私たちが「量販に満足できない」顧客を獲得にするにはどうすればよいのでしょうか?

☆覚悟を決める

 景気が悪くなると、「ウチの店は寂れた商店街にあるから・・」「路地裏にある店だから」「田んぼのど真ん中だから」というように立地条件の不利を理由にしたくなります。
 確かに、人がたくさん集まる場所は魅力的です。しかし、立地移動したからお店が繁盛する保証はどこにもありません。車社会で、モノ余り、店余りの時代、逆にこれをチャンスと捕らえ「現立地」でなんとかするという「覚悟」を決めることです。今後一切「立地」のことであれこれ悩まない。「田んぼのど真ん中」にある店にどうやったら集客できるのか?あの手、この手、ありとあらゆる方法を使って、わざわざ車に乗ってやってきてくれる「目的」を作らなければなりません。その「目的」にふさわしい店とは・・例えば値引き、割引をしない、ラグジュアリー基準を満たすというような「専門店」です。

☆「すべてのお客さまに満足してもらわなければならない」からの脱却

 今やすべてのお客さまに満足してもらおうとするのは非常に危険です。まずは「顧客の絞込み」からはじめなければいけません。これまでの「顧客の絞り込み」はデモグラフィック(性別、年齢、住所、職業などの人口統計学)な切り口からが主流でした。しかし最近はそうではなくなってきているようです。例えば顧客を「ウチは団塊世代向けのサロンです」と絞り込んでしまうと、特色あるこの世代のお客さまは、すべて同じ価値観なのか?という疑問が生まれてきます。
 そこで、サイコグラフィック(嗜好性、スタイル、価値観)による切り口で考えてみます。「モノやサービス」に重点をおくのではなく「人にフォーカスする」ということです。そのお客さまは、どんなモノを好むのか、どんな信条・ポリシーをもっているのか、どんなことに興味を持っているのか、など。これこそ私たち理容室が、日々お客さまと関わりコミュニケーションを重ねることで得られるサイコグラフィックな要素なのです。「これが受けるんじゃないか」という仮説を立てて取り組んでみる、それによって、お客さまにウケる技術や商品を仕入れたり、演出したりするのです。「品揃えが多くて底が浅い」のは量販店(理美容低料金店など)にまかせておくべきなのです。この部分は開き直るという意味も若干含めて、キッチリと明確に線引きをしなければいけません。

☆感性価値創造

 「人にフォーカスする」ということで重要になってくるのが「感性」です。
 感性とは、物事を心に深く感じ取る働きのことをいいます。生まれつき持った個性や育った環境によって形成されるものであり、一人ひとり多様です。理性や知性とは区別される感覚で、モノやサービスの価値を判断し内面的な充足感を得ようとします。商品・サービスを選択する時も、直感的かつ大胆に選択しています。素材などの見えない部分にもこだわり、「趣向」「遊び」「美意識」といったライフスタイルが、技術、デザイン、信頼、機能、コスト等に裏打ちされ、ストーリーやメッセージを持ったものとして創造される。これが生活者(お客さま)に驚き、わくわく感、爽快感、充足感、信頼感、癒しなど、「感動」や「共感」をもって受け止められるのです。日産自動車の高野修治グローバル・デザイン・マネジメント部長は『感性価値創造イニシアティブ 第四の価値軸の提案・・・感性☆21報告書』(財団法人 経済産業調査会著)の中で次のように指摘しています。
 「5年後にどんな使われ方をするのかイメージし、ターゲットユーザーを決める。具体的な人格をイメージし、その人が実際に使うシ―ンを思い浮かべながら、コンセプトとモノを作り込んでいく。顧客の意見や反応を考慮するが、それにしたがっていては駄目。意外性、ワクワク感を与えられる新しい価値観が重要」
 このように「いい商品、いいサービス」は、作り手側にメッセージ性の強い「モノ語り」があり、使い手側に感動や共感を与えることができるのです。
 「高機能、信頼性、低価格」といった要素を超えた「+αの価値」。「手間」「こだわり」「秘伝の・・・」も「+αの価値」つまり感性価値。「ものづくりに込めた思い」や「思いやり」をわかりやすく見せ、解説し、共感を得られれば、売上をもデザインできるのです。
 理容総研が提案してきた「ニューシェービングシステム」「ニューシャンプーシステム」などの支援事業は、まさに「感性価値」に響く内容でした。「ただヒゲを剃ればいい」「うぶ毛をそればいい」というこれまでのシェービングからエステ的要素を取り入れた「お顔つくり」への提案。お顔そり前に「クレンジングマッサージ」をするということがお客さまのシェービングに対する価値観を変えたのです。ターゲットになる顧客に合わせてその店オリジナルのメニュー作りをしたり、ネーミングを考えたり、商材や道具を変えたり・・まさに「ひと手間もふた手間」かけた「こだわり」のものがたりがニューシェービングシステムにはみられました。
 しかし残念ながら「ものづくりに込めた思い」や「思いやり」が顧客にうまく解説できていないのが現状です。伝わっていないのです。
 私たち理容業は、1時間前後のコミュニケーションをとることができ、「なじみ」という人間関係を得られる数少ない業種です。それなのに意外に大事なことが伝えられていません。仮に伝えられているとしても、これだけ来店サイクルが長くなってしまった時代、忘れらている可能性が高いのです。人はどんなに感動しても記憶から遠ざかっていきます。その周期が約21日間(3週間)といわれています。3週間サイクルの顧客はそうそういません。感動やコミュニケーションを継続するには何らかの方法でたえず顧客と接触しなければならないのです。看板、のぼり、DM、ニュースレター、ニュースリリース、チラシ、メール、電話・・・ありとあらゆる方法で。
 紳士服販売のスーパー店長の話を聞いたことがあります。小阪裕司著『そうそうこれが欲しかった!』によると、彼一人で年間2億円以上の売上があるそうです。高級国産車のスーパーセールスマンは年間100台以上の実績があるそうです。彼らの共通点は顧客とのコミュニケーションです。デジタル化が進む一方で手書きの手紙をかいたり、電話をかけたり、直接顔見せをしたり・・とにかくお客さまとの関係を切らない、持続させることが大切だといいます。
 既存客を維持するコストは新規客を獲得するコストの6分の1といわれています。折り込みチラシや情報誌にコストをかけるのであれば、既存客に「思いやり」のある「ひと手間かけた」「何か」を提供するべきです。私たち理容業は意外と既存客維持にコストをかけていませんね。

☆高度人間性社会の復興

 よく「信者客」という言葉を聞きます。要するに、私たちサロンの上お得意様客です。彼らの初来店時のきっかけはさまざまですが、今現在は「師匠(マスター)」と「弟子(信者客)」のような関係です。
 弟子(信者客)は師匠(マスター)に対して絶対的な信頼があります。またマスターはその信頼に応えられるだけの技術や知識・感性を磨くための勉強を怠ってはいけません。「いいお客さま」はマスターの「いい部分」に共感して集まってくるのです。そして、「いいお客さま」は時として「私設応援団」となり、「いいお客さま」を集めてきてくれるのです。「真のコミュニティーは〟いい人″を作る。真のコミュニティーを作ると、人々の中の“いいもの”が発動する。その結果、いい人が暮らすいい町がそこに出現するのではないか。私たち商人には人らしさをよみがえらせる力がある」(ワクワク系マーケティング実践会情報誌『WITS JOURNAL』)
 昔、商店街には活気がありました。そこにはいいコミュニティーがあり、店主もお客さまも皆が「顔見知り」でした。最近では田舎でも隣近所に誰が住んでいるのかよく解らない時代です。わずらわしさから人とかかわることを避けているようにも思えます。犯罪の低年齢化などで、被害に遭う子どもたちも増えています。普通に困っているであろう子ども達に、我々大人が普通に声をかけて助けてあげることが、できなくなった「おかしな時代」は、いったいいつ頃から始まったのでしょう。…誰がどう考えても明らかに人と人との関係性が退化・欠落しています。
 地域では各種団体が警察と協力して「子ども見守りパトロール」や「子ども110番連絡所」などを設置した活動に取り組んでいて、私たち理容室も協力させていただいております。もちろん、必要な取り組みではありますが、もっと「一商人として」地域にかかわることはできないでしょうか?
 どんな社会貢献より、どんなボランティアよりも、私たち理容師が、しっかりとその地域で元気に商売することが、いい人をいい町をいい日本を作ることにつながるのではないでしょうか。
 最後に「『感性』」の正体は『日本人』である」(『感性価値創造イニシアティブ』)と唱える人もいます。手塚雄二東京藝術大学教授です。実際に「理性」や「知性」を直訳する英語はありますが、「感性」を表す単語や語句はないそうです。そう考えれば、四季のある美しい国「日本」に生まれ育ってこそ養われる「感性」というものが、今の国際社会において日本経済復活の「カギ」とされていることが鮮明に見えてきます。
 我々「理容師」「理容業」だからこそできる感性価値創造へのたゆまなき努力こそが自店や理容業界の繁栄を築いていき、そして元気で商売することが、やがてその地域のコミュニティーを形づくっていきます。またその良質な地域コミュニティーそのものが、地域の復興へ確実に結びついていくのです。こんな図式を頭に描く、私の社会的な役割や仕事というものは、「ハサミ一丁」では到底デザイン出来ないくらい、実は壮大なスケール背景の中で、日々進化していく、何とも「味わい深いモノ語り」ではないでしょうか。

 

※参考文献
そうそうこれが欲しかった ~感性価値を創るマーケティング~(小阪 裕司 著)
 感性価値創造イニシアティブ 第四の価値軸の提案・・・感性☆21報告書(財団法人経済産業調査会 著)

 

審査講評
発想転換のヒントは新しい視野を持って
審査委員長 尾﨑  雄 (生活福祉ジャーナリスト・元日本経済新聞編集委員)

 「虫の目」と「鳥の目」があるという。前者は身近な環境やものごとを見回しながら地道に仕事をこなしていく生き方や考え方。それに対して、後者は高いところから広く全体を見渡して、越し方行く末を望み、将来の戦略を立てる視点である。鳥のように天高く舞い上がって地上を見下ろせば地面を這い回っていた虫の目には思いも及ばぬ展望が開けて、新しい発想を掴むことができるかもしれない。
 これまでは「性能が良くて、安全で、信頼性が高いものを安い値段」で提供すれば、競争に勝てた。そうして戦後の日本は発展してきたのだが、21世紀になると、それは過去の方程式になりつつある。筆者は、それに代わる「第四の価値軸」として経済産業省が提案した「感性価値創造のイニシアチブ」に着目し、そこに理容の活路を見出そうとする。一言で言えば、顧客の絞り込みを性別、年齢、住所、職業などデモグラフィック(人口学的)な切り口から嗜好性、ライフスタイル、価値観などサイコグラフィック(心理学的)なそれに転換することである。
 では、感性価値の創造をそれぞれの理容店で行うためにはどうしたらいいのか? ヒントはお客とのコミュニケーションから浮かび上がる物語に潜むという。21世紀はどんな業界でも発想転換なくしては生き残れない。とかく「虫の目」になりがちな理容界に多くのヒントをはらんだ刺激的なメッセージである。

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