令和3年度業界振興論文・奨励賞

 

発達障がいがある子どもたちへのヘアーカット報告

酒井 泰成(兵庫県組合)

 

( 目次 )
1 はじめに
2  A君との出会い
3  発達障がい者(児)の障害特性
  ⑴ 障害特性を知る
  ⑵ 障害名から支援を考る
  ⑶ 好子、嫌子
  ⑷ 感覚過敏と鈍麻
4 どのようにカットするのか
  ⑴ 初めてのカット
  ⑵ 初来店でのカット
  ⑶ 家族のバックアップ
  ⑷ 実際に対応するポイント 
  ⑸ カルテの活用
5 今後の理容業界へ
6 おわりに

 

1 はじめに

 現在、日本において、少子高齢化は急速に進み、15歳未満の子どもたちの人口は減少している。にもかかわらず、特別支援教育の対象者(特別支援学校や特別支援学級)の児童生徒数は右肩上がりに増加傾向にある。
 特別支援教育の対象障害種は、「知的障害」が「肢体不自由」をはるかに超えて多くなっている現状から、自閉症や情緒障害などの発達障がいのある子どもたちが近年増加傾向にあると推察できる。
 しかし、これらの発達障がいを持った子に対し、理容業としてカット等の対応ができる店が少ないのが現状である。
 なぜなら、発達障がいを持った子の中には感覚過敏や初めてのことに恐怖を感じパニックになってしまう子もいるからである。そのような子に対し、理容店がカットを行うのは難しいと判断し、断ることがある。我が業は鋏やカミソリを使用する。その使用法を誤ると危険であるため、リスク回避のため断ることも理解できる。ただ、理容業の社会的役割、社会的責任を鑑み、対応できる理容店を増やすことが理容業の社会的地位の向上につながるであろう。このような考えに至ったのは、身近に発達障害の子がおり、親の苦悩が痛いほど分かるからである。

 

2 A君との出会い

 6年前、放課後等デイサービスの支援員さんから、「施設利用者の中学生A君がカットできずに母親が困っている」と私に相談され、カットを行うことになった。
 初対面のA君は落ち着きがなく、中学生のため力も強くカットをするのは非常に神経を使うものであった。その時のA君はバリカンの拒否感はかなりのものだった。その後、母親からの感謝の電話があったことから、それまでの母親の苦悩を感じることができた。
 A君はカットを重ねても、バリカンに対する拒否はすごいものだった。そのため、母親に問い合わせたところ、幼少期に聴覚過敏の事実を知らないまま初めて理容店に連れて行き、カットをしてもらった。その時にバリカンを使用したところ激しいパニックになってしまい、A君のカットはそれ以後家庭でするほかなくなった。初めは寝ている間に、次は起きている間に一束ずつつかんでカットされていたようだ。
 これは、バリカンに対するトラウマ後遺症である。発達障がいを持った人の中には、後遺症が長期にわたって残り、何年、何十年もパニック時の強いイメージを鮮明に覚えていることがあるそうである。

 

3 発達障がい者(児)の障害特性

⑴ 障害特性を知る
 発達障がいは「見えづらい障害」とも言われる。障害特性の現れ方が十人十色で、個性や多様性についても理解する必要があるために、事前にカウンセリングシートに記入してもらう。

⑵ 障がい名から支援を考える
 ASD(自閉スペクトラム症)では、対人関係、社会性やコミュニケーション能力に困難がある。興味、関心、感覚の狭さ、偏りがあるため、『こだわり』や『過敏』に配慮する。落ち着ける環境を整えることや、指示は具体的かつ簡単な言葉でゆっくり話し、カードや実物などの視覚的に分かる伝え方をする。
 ADHD(注意欠陥、多動性障害)のある子どもは、その特性故に叱られることが増えていくと、自信を失い、追いつめられることがある。集中力を削ぐような刺激を少なくするために個室を用意したり、気になる物を目に入らないように工夫したりする。多動性に対しては、支援の合間に自由な時間を作って心を落ち着かせる。この時にしていい時、してはいけない時を明確に伝える。衝動性に対しては、理容師がおおらかな気持ちで焦らずに支援し、強制しないことが大切である。また、小さな成功体験を増やすことは自信となり、自己肯定感につながっていく。
 ダウン症などの知的障害では、スモールステップ(目標を細分化して一つずつのステップを確実に達成することで最終的な目標に近づける、という手法)を活用し、ことば以外の視覚支援を行う。

⑶ 好子、嫌子
 小さな成功体験の証拠が、子どもが手にする好子(好きな事や食べ物)である。カット後に頑張ったご褒美としてわたすことで、カット時の嫌悪感を和らげる。
 嫌子は、その子が嫌いなものや感覚のことで、可能な限り避ける工夫が理容師に求められる。

⑷ 感覚過敏と鈍麻
 感覚過敏には聴覚、視覚、触覚、嗅覚、気圧、気温、湿度などが影響する。それぞれの過敏を和らげる支援が求められる。例えば、聴覚過敏には個室を用意したり、BGMを消して静かな空間を作ったりする。触覚過敏でスキ鋏が使用できなかった子もいる。シザーで質感カットをすることで対処する。バリカンやトリマーなどの音の出る機器を使用する場合、細心の注意をして、拒否感が出た時にはすぐに使用を中止する。また、当店では気象病のためカットを中断した例がある。台風接近による気温、気圧、湿度の急激な変化により自律神経が乱れ、落ち着かない状態になったためである。
 感覚鈍麻とは、感覚が鈍いことで、熱さ、冷たさ、痛み、が分かりづらいため、理容師はカット中のその子の安全を確保しなければならない。

 

4 どのようにカットするのか

⑴ 初めてのカット(出張理容の試み)
 初めて行く理容店でカットすることは困難が多い。自宅や放課後等デイサービス、障害児施設などのその子が落ち着ける場所がベストで、出張理容を行っている。
 この件に関し、理容師法に抵触するかどうかの疑いがあった。「出張理容を行うことができる場合として疾病その他の理由により理容所に来る事が出来ない者」と規定されている。この法律も平成28年度の規制改革により理容師法の「出張理容の対象範囲」が拡大されたため障害を理由に訪問することが可能になった。(『理容師法施行令第4条第1号及び美容師法施行令第4条第1号に基づく出張理容・出張美容の対象について』(平成28年3月24日))

⑵ 初来店でのカット
 初めての来店時には、まずはその子が落ち着くまで待ち、安心して落ち着けた場所、状態でカットにとりかかる。好きなTVやビデオを観たり、ゲームをしながらや、待合のソファや技術者のカッティングチェアに座ってカットしたこともある。また、部屋の端っこでうずくまった状態でカットした子もいた。
 この時に、カットを最後までしなければならないという意識は捨て、あくまでその子のペースに合わせること。経験上、初来店で、理容イスに座り最後までカットができた子どもはほぼいない。大切なのは周りの大人(家族) がその時に出来た事を認め、褒めることである。すると、次も頑張ることができる。

⑶ 家族のバックアップ
 平成28年改正の発達障害支援法では、家族への支援の重要性がより強く明記された。子どもにとって家庭は身近な社会環境であり、家族の協力なしには子どもの支援につながらない。そのため、療育の現場ではペアレントトレーニング(ペアトレ) が行われている。
 ペアトレとは、親自身が、子どもの行動理解、褒め方、環境調整、不適切な行動への対応などの養育スキルを学び、実践することである。
 このペアトレをカットに照らし合わせると、
① 親に、子どものカット後に、できた事だけを認め、褒めてもらう。
② それをカット毎に繰り返すことで親子で成功体験を重ねていく。このスキルが子どもの自尊心を高めていくことにつながっていく。
  その反対に、できない事ばかり指摘されると、子どもは萎縮して次回以降の支援(カット)に支障をきたすことになる。

 

⑷ 実際に対応するポイント
① 子どもの良いところを見つけ褒めること。
  この時、子どもの特性に応じた褒め方を探し、25%ルールで褒める。
  25%ルールとは、子どもの行動でできなかった事(75%)に目をつむり、できた事(25%) を褒めることである。
② 子どもの行動を次の3つに分け、それぞれの行動に対し、適切な対応により行動改善を進めていく。
  ㋐ 好ましい行動 → 褒める
  ㋑ 好ましくない行動 → 環境調整(※後述)と指示(※後述)工夫で対応する
  ㋒ 許しがたい行動 → 忠告(※後述)、タイムアウト(※後述)
③ 行動理解(ABC分析)
 上記②の行動の「きっかけ」と「結果」を考える。
 ABC分析といい、A(きっかけ)→B(行動)→C(結果)に分けて考えることで子どもの行動理由がわかる。すなわち、B、Cを変えるにはAの「きっかけ」が重要になる。

④ 環境調整
 周りの環境を変えることで子どもの行動改善を促す。ABC分析のAに該当し、刺激を減らしたり、視覚支援を行うこと。例えば、初来店時に理容店でのカットをイメージするために、店の内外装やスタッフの写真を事前にお渡ししたり、絵カードでカットの流れを伝えたりする。また、タイマーで終わりの時間を示す。自閉スペクトラム症の場合、この環境調整をカット時には特に重視する。

⑤ 指示の仕方
 大きな声や、高い声で感情的に指示すると、子どもには苛立ちや拒否反応がうまれる。技術者の苛立ちはすぐに子どもに伝わるため、落ち着いた声で、子どもに分かりやすいことばで指示を行う。

⑥ 忠告
 子どもが指示に従えなかった場合は「これで今日は終わりだよ。」と最後のカットであると伝える、この後、できた時は褒め、できなかった時にはタイムアウトを行う。

⑦ タイムアウト
 環境を整え、分かりやすい指示をしても、自分や、他人を傷つけたり、危険な行動が予見できたり、問題行動が繰り返される場合、場所や時間を変えて子どもがクールダウンできる環境を作る。

 

⑸ カルテの活用
 カルテにより、これまでの成長や、今後の課題と準備物の確認ができ、支援がより強力なものになる。次の3項目を記入する。
① できたこと
 どのような状況でできたのか、その理由を挙げる。
② できなかったこと、嫌がったこと
 できない原因が、本人の不安や過敏によるものか、それとも周囲の環境によるものか判断する。不安、過敏が原因の場合次回は避ける。周囲の環境が原因の場合、次回カットできる環境を保護者と一緒に整える。
③ 次回の目標(課題)をたてる
 その子が次回来店時に実行しやすい、ほんの少し上の目標を立てる。まずは、その目標がクリアできる支援方法を考え、スタッフや保護者にも協力を依頼し、次回カット時に用意してもらう物を伝える。
 例えば、クロスの巻けない子にはレインコートを用意してもらったこともある。
④ ダイレクトメール
 上記の3点を保護者と本人に伝えるために次回のカットに向けたお知らせをする。これにより、今までの成長と今後の課題や準備物の周知ができ、支援がより強固なものになる。
 2020年1月、未知の新ウィルス新型コロナウィルスのニュースが流れた。ダイヤモンドプリンセス号での感染から日本中、更に世界中にこの病魔が蔓延し、一年以上もこのような異常事態が続くと誰が想像しただろうか。
 飲食業界をはじめ、あらゆる業界に経済的な影響を与えたコロナウィルス。
 今どの業界でもこれをきっかけに業態の変化、新しい改革が求められ、生き残りをかけた戦いが起きている。
 第一回目の緊急事態宣言時、休業要請の可能性がある業種の一覧に理容室の文字が上がった。
 実際には要請対象にはならなかったものの感染への恐怖から理容室への客足も遠のいた。
 それから一年余り、長引くコロナ禍で、もはや緊急事態宣言下が日常生活化してしまった今、人々も感染対策をしながら行動せざるを得ない現状があり、店舗側も出来うる対策をしながら接客対応するほか道はない。
 こんな時だからこそ、消費者から本当に求められる事業者が選ばれ生き残っていくのではないか。ただ漫然とこれまでの業務内容を続けるだけではこの時代は乗りきれないと感じている。
 なぜ、その店に人が集まるのか? その店にしかない強みを持ち他店との差別化を明確にしてこそこの時代を乗り切る事が出来るはずだ。

 

 

 

(お知らせハガキ)

 

 

 

 

5 今後の理容業界へ

 私がこんにち、発達障がいを持った方へのカットを行う事ができるようになったのは、障害者施設や障害児施設において出張理容を継続的に行ってきたからである。強度行動障害が疑われる自傷、他傷を繰り返す方や、衝動の激しい方にも対応してきた。また、身近に発達障がいの子がいたこともあり、発達障がいの方に接する機会が他の理容師よりも多くあり、理論より実践に軸足を置いてきた。
 しかし、理論を学ぶ機会を得てからは、発達障がいのある子どもたちへのカットで、できる事が増えてきた。理論を勉強することで短期間で理容師が発達障がい者のカットに対応可能になると思えるようになった。
 これまで、理容技術は長年にわたる実践での対応を重視されてきた。ところが、発達障がいの方への実践の機会は一般の理容店ではほぼないのが現状である。しかしながら、理容師が発達障がいの理論と対応の仕方について学ぶことで対応することが可能になるのである。

 

6 おわりに

 国は平成28年に「障害者差別解消法」を施行し、障がい者への「不当な差別的取り扱い」を禁止するとともに「合理的配慮の提案」を行うことで共生社会を目指している。
 しかし、社会では見た目にはわかりにくい発達障がいがある方への差別や偏見がなくなったとは言えない。そして、その特性への理解も進んでおらず、たとえば、子どもの問題言動を「親のしつけのせい」などと結び付ける風潮が残ったままである。そのことで、本当に苦しく、つらい思いをしている保護者もいるのである。
 私たち理容師がほんの少しの気配りや優しさと、正しい理論に基づく実践をすることで、発達障がいのある子やその家族に、明るい未来が開いていくことことを知っていただきたい。

{参考文献}

『発達障害の理解』厚生労働省 社会、援護局(2019年10月9日)
『ペアレント・トレーニング実践ガイドブック』日本発達障害ネットワークJDDnet
『放課後等の教育支援の在り方に関する資料データ集』文部科学省 施策関連資料


 

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