令和3年度業界振興論文・優秀賞

 

「バーバーブームと私達の経営戦略」     
 〜ぶれないことと こだわりをすてること〜

斑目 裕子(神奈川県組合)

 

はじめに

 2020年1月、未知の新ウィルス新型コロナウィルスのニュースが流れた。ダイヤモンドプリンセス号での感染から日本中、更に世界中にこの病魔が蔓延し、一年以上もこのような異常事態が続くと誰が想像しただろうか。
 飲食業界をはじめ、あらゆる業界に経済的な影響を与えたコロナウィルス。
 今どの業界でもこれをきっかけに業態の変化、新しい改革が求められ、生き残りをかけた戦いが起きている。
 第一回目の緊急事態宣言時、休業要請の可能性がある業種の一覧に理容室の文字が上がった。
 実際には要請対象にはならなかったものの感染への恐怖から理容室への客足も遠のいた。
 それから一年余り、長引くコロナ禍で、もはや緊急事態宣言下が日常生活化してしまった今、人々も感染対策をしながら行動せざるを得ない現状があり、店舗側も出来うる対策をしながら接客対応するほか道はない。
 こんな時だからこそ、消費者から本当に求められる事業者が選ばれ生き残っていくのではないか。ただ漫然とこれまでの業務内容を続けるだけではこの時代は乗りきれないと感じている。
 なぜ、その店に人が集まるのか? その店にしかない強みを持ち他店との差別化を明確にしてこそこの時代を乗り切る事が出来るはずだ。

 

本論

1 理容業界の現状
 バブル崩壊以降、カリスマ美容師がマスコミでもてはやされ、おしゃれなヘアスタイルは美容室というイメージが世間にはあった。
 理容室=街の床屋さん「刈り上げはダサい」という認識が当時一般的だったように思う。
 いわゆる無造作ヘアが流行した時代、キッチリと頭髪を切り揃える事を得意とする理容師の実力を発揮する機会は少なかった。
 そして低価格店の出現。特にヘアスタイルに強い拘りがなく少しでも安く済ませたい人は低価格店に流れた。
 時代の流れ、ブームの影響があるとはいえ、当時の理容業界には理容師ならではの技術の高さ、美容室や低価格店にはない理容技術の良さをアピールするだけの発信力が足りなかったという反省点もあるのではないだろうか。
 消費者側の意識を改革する情報を提供出来ないまま美容室よりのヘアスタイルに寄せて行ったり、価格を下げて集客する手段として顔剃り込みの調髪料金制からカットとシェービングの別料金メニューへと料金体制を変えた店も少なくないだろう。
 時代の流行や消費者のニーズに合わせてサービス内容を変化させていく事も勿論必要ではあるが、理容師独自の技術を他業種にはない強み、財産として理容師自身がもっと重要視し守るべきではないだろうか。
 ひとつに、理容師の発信力の足りなさはその気質にも起因するところが大きい。
 美容師はデザイン性を重視し発想の自由度が高く、ユニークなネーミングでヘアスタイルをアピールしたり、スタイリング剤を売り込んだりするのが得意な印象だが、一方理容師は職人気質で緻密で繊細な仕事を几帳面にするイメージがあり、その一本気とこだわりの強さゆえに発想の自由度が狭かったり、自らアピールする事が苦手だったりするタイプの人間が多いように思う。
 仕事にプライドを持っていても消費者にまず知ってもらい来店してもらわない事にはその技術の高さも伝わらないのだが、それをアピールするプロデュース力に欠けるのだ。
 だが、ここ数年おしゃれなバーバーカットサロンが注目され始めている。
 アパッシュやミスターブラザースの活躍によりフェードカット人気が急上昇、また濡れパン、ゆるパンという新しいアレンジとネーミングが従来のパンチパーマの強面(こわもて)な印象を現代にマッチしたファッショナブルなヘアスタイルへと進化させ、テレビでも紹介されるまでになっている。
 長い冬の時代を経て今まさにバーバーブームが来ている。
 当店でもここ半年余りでフェードカットやパンチパーマの新規のお客様が急激に増え、ここ最近には経験のない忙しさにバーバーブームの波を感じるようになった。
 しかし、それはただブームの波がこちらに押し寄せてきたわけではない。これまでに積み重ねて来たこだわりの技術とプロモーション戦略がタイミングよくこのブームの波を引き寄せうまく実を結んだと言える。

2 当店の取り組みについて
 ⑴当店のこだわり
 当店は50代の夫婦二人で営む、のどかな街の商店街の一角にある理容店である。
 二代目理容師である主人は美容師資格も持つダブルライセンスで、妻の私は結婚後に理容師資格を取得、かつては従業員を雇っていた時期もあったが二人三脚での営業を始めて二十年程になる。
 先代は高度経済成長期にトップ職人としてバリバリ働き、自身の開業後も他店に負けない技術にプライドを持った理容師だった。その先代が得意としていたのがパンチパーマの技術で、その仕事の速さと仕上がりの美しさには特に自信をもっていた。
 そんな先代から厳しく理容技術を叩き込まれた主人も職人気質を受け継ぎ、自分の店を持った時から自分はパンチパーマで勝負すると決めていたという。
 現場仕事の職人さんやトラックドライバー、飲食業の方など昔からずっとパンチパーマ愛好家というコアなファンのお客様が当店にはもともと多く、「パンチかける人ってそんなにいるんですか?」と言われるくらい世間でパンチ人口が少ない時代でも当店でのパンチパーマ客の割合は他店よりも多い方だった。
 世間でパンチパーマが絶滅の危機に瀕している時期、パンチパーマのアイロン技術を新たに習得しようとする若い技術者は少なかっただろう。必要ないメニューとしてパンチはやらないという店もあるに違いない。
 濡れパン、ゆるパンブームが来る前から当店には正統派のパンチファンが、かけられる店を探して流れて来ていた。
 パンチパーマをかけられる店を何店舗も回っているが気に入ったかかりにならない、とかずっとお世話になっていた店の店主が高齢で亡くなったり引退されてしまい、後継者に代わってかけてもらったが納得いく仕上がりでは無いといった理由でパンチを上手くかけてくれる店を探しているパンチ難民は意外に多いのだ。
 当店独自の他店に負けないメニューとしてパンチパーマを捨てずに来た「こだわり」が当店生き残りのぶれない一本の柱となっている。

 ⑵当店改革の第一歩
 前述のようにパンチパーマを売りにし、その技術に自信を持って提供して来たが、当初はそのアピール力が弱かった。
 店のガラスにステッカーで大きくパンチパーマの文字を貼ったり、屋外の看板にもいくつかの押しメニューとともに掲げたりしていたが、道ゆく人というのは意外と看板の内容を意識して見てはいない。よほど興味を持たない限り景色のひとつに過ぎず全く印象に残っていないものだ。
 三年程前、もっとインパクトのあるパンチパーマの看板を作ろうという話になった。当店は国道沿いの交差点に立地しているのでインパクトある看板があれば絶対に目を引くはずだ。
 幸い我が家の長女がイラストを得意としていたためイメージを伝えてオリジナルのパンチパーマイラストを描いてもらい大きな看板を作成。
 「男を極めろ。究極パンチ。」
 当店オリジナルの会心の看板が完成した。
 この看板の作成により一目でパンチパーマの店というイメージが印象に残り、イラストのようにガッチリとしたパンチパーマをかけられる店なんだと理解してもらえる。
 パンチパーマに興味がない人も異色の看板に立ち止まって写真撮影していく。
 当店の名前は知らなくても
 「ああ、あのパンチの看板の店だよね」
 と言ってもらえる。
 これが新規顧客開拓への第一歩となった。

 ⑶店舗の設備投資
 理容業界は個人経営率が高く利用客の固定客の割合も非常に高い。
 法人経営と違って経済的にもリニューアルなどへの出費は厳しく、現状維持の店舗がほとんどではないだろうか。
 当店もオープン以来大幅なリニューアルはして来なかったが、一昨年内装を一新した。
 照明器具のLED化やエアコンの入れ替えにより経費の削減にもなったが店内の雰囲気も良くなった。
 定休日を使っての限られた日数でリフォームを行ったため全体的には業者に依頼したものの 壁面の棚や本棚、前流し面のクロスやタイルなどDIYを施し、ミニ観葉植物を配置した100均や雑貨屋で揃えたインテリアでアンティークな雰囲気の中にも親しみやすさを感じさせる店内になった。
 昔からの理容室や美容室はこういう内装であるべきという固定観念を捨てた個性を全面にだした店内デザインのコンセプトはバーバーブームの火付け役となったサロンをいくつか参考にさせてもらったが、どこかの店の模倣ではないオリジナリティにこだわった。

 ⑷SNSの活用
 今や老若男女スマホを利用する時代、商売の宣伝ツールとしてSNS特にインスタグラムが理容サロンの集客に効果的とは情報としてわかってはいたが、スマホデビュー間もない50代夫婦の私達にはインスタデビューはハードルが高かった。
 お恥ずかしい話だがお客様側からフェードカットや濡れパンをやって欲しいというご要望があって初めてそれが流行り始めている事を知ったくらいだった。
 都会から離れた田舎町の50代半ばの店主、しかも父親譲りの職人気質である。自分の仕事のスタイルも確立して来たこの時期から新たな事を始めるのに抵抗感は少なからずあった。
 今までと鋏で美しくぼかす刈り上げ技術を磨いて来たのにバリカンのアタッチメントをいくつも使用してグラデーションを作る事にそれほど意味があるのか?取れかけたようなパンチパーマをかける事に価値があるのかといった職人のこだわりがすんなりと流行を受け入れる事を難しくする。
 そんな折、公私共に交流のあった一世代若い同業者がフェードカットを取り入れている事を知り、気心知れた店主仲間有志で勉強会を開いた。
 フェードを営業に取り入れる必要があるのかまだ迷いがある者、と鋏でぼかすグラデーション技術にこだわりが強い者。
 それぞれ考え方は微妙に違うが互いにモデルになりながらマニュアルだけではない自分なりのフェードカットを追究した。
 こうして、まず常連客でフェードカットに挑戦したいという方からスタートし、昨年十一月頃からインスタグラムを開設。
 フェードカットとパンチパーマ、アイパーのスタイルだけに限定し投稿を始めた。
 そこから半年余り、新規のお客様が大幅に増えてきている。インスタグラムを始めた効果は思ったより早く結果に現れたが、これは単にインスタグラムだけが功を奏したというわけではない。
 新規のお客様にどのようなきっかけで来店したかを尋ねてみると、パンチパーマなどのキーワードで検索し、まずホームページに辿り着き、その中のリンクからインスタでヘアスタイルを見て来たという方が多い。
 以前からホームページは主人が自ら作成し、売りであるパンチパーマのキーワードでトップページに来るように力を入れていた為、インスタグラムのリンクを追加した事で当店の実際のヘアスタイルの仕上がりイメージがより具体的に見られるようになり、以前に比べお客様が店を選ぶ強い決め手となっているようだ。
 最近では毎日フェードカットとパンチパーマのお客様が来店しており、特にフェードとパンチの合わせ技のスタイルを売りにしているサロンが当店の周辺地域には少ないようで、市外からも探して来てくれる新規客も少なくない。
 これまでこだわりを捨てずに守り続けて来たパンチパーマの技術とこだわりを捨てる事で新たに取り組んだフェードカットの相乗効果により、客数の増加や客単価アップという結果に繋がっている。

 

おわりに

 バブル崩壊やリーマンショックなど経営が厳しい時期もあったが、このようなバーバーブームの到来で忙しくも充実した今日ではあるが、ブームとはいつか過ぎ去るものでずっと続くとは思っていない。
 理容室はもともと固定客で成り立っている業界だ。新規客の獲得も勿論必要だが、先代の時代からずっと通ってくれているお客様や、転勤しても通える限り時間をかけて来店してくれる常連さんあっての現在がある。
 初心を忘れず今後も活気ある営業を続けたい。


 

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