平成23年度業界振興論文・優秀賞

地方から改革する理容業界
~地域密着型ご当地メニューの企画構想論~

大沼幸市(山形県組合)

 

 目次

 はじめに 理容の新しい側面を見出す

 1 視点を変えて新しいものに

 2 志を同じくする理容師たちの相乗効果

 3 消費者参加型の企画構想と理容のPR

 まとめ 業界を良くして未来へ

 

 

はじめに 理容の新しい側面を見出す

 ファッション性を全面にPRしながら男性客を取り込んでいった美容店。また、低料金と効率化のPRにたけ、全国展開で着実に成長している低価格店。どちらも多方面での話題に事欠かなく、消費者のイメージに残る戦略を取りながら、「おしゃれに髪を切るなら=美容」「安く髪を切るなら=千円カット」という図式を作り上げてきました。
 その中で理容は影が薄くならざるを得ず、店舗数の減少・後継者の減少・売り上げの減少と、衰退の事実は隠せず、「理容業」という言葉自体の存在すら無くなりそうな話題まで上ってきています。今の理容業界の現状をリサーチしアナライズすればするほど、厳しい現状を思い知らされるだけでした。
 では、美容店に倣い、サインポールをはずし、ファッション性をだしていけば良いのでしょうか?低価格店に倣い、余計な技術を省き、料金を下げていけば良いのでしょうか?そうではありません。それはマネごとに過ぎず、本家である美容や低価格店に対抗できるはずもないでしょう。我々が今持っているものを活かさなければ、本当の理容復興にはならないはずです。私は業界の先輩諸氏たちが築き上げてきた地域の中での「理容業」、お客様が笑顔になり、私たちも笑顔になり、さらに、地域貢献や社会貢献にまでなる、そんな理容業を目指し業界活性に取り組んでいきたいと考えています。 
 本論では、七年前より私が所属する組合の講師会のメンバーを中心に企画・推進され、現在では組合加盟店三百店舗以上が賛同・参加して、地元の「夏の風物詩」とまで言われるようになった「冷やしシャンプー」を題材に、「企画構想」と「PR」という観点から地域の中での理容の新しい側面を見出していこうと思います。

1 視点を変えて、新しいものに

 飲食店業界には必ず「季節限定メニュー」というものが存在します。「今だけしか食せない」となると、心理的に食べてみようという気になってしまいます。消費者の購買意欲を掻き立てる、実に良い作戦だと思います。加えて、こういった季節商品をだすことでメニューのマンネリ化を防ぐことができ、また来てみようという気も起こさせます。そんな季節限定メニューが理容店には存在しないことに疑問を持ち、何とかお客様に楽しんでいただけるような、理容店ならではの「季節限定メニュー」をつくれないものかと思ったのが「冷やしシャンプー」のはじまりです。
 他業種のやり方を参考にさせてもらい、それを「理容に置き換えたら、どういうものになるのだろう」と常に考えることで、新しい理容の一面を作り出せると思います。
 理容のメニューに季節感を出したいと考えた時に、気が付いたことは、理容店には「熱いメニュー」しか無いということでした。暑い中、ご来店されたお客様がエアコンの涼しさを感じる間もなく、タオルを首に巻かれ、その上にカットクロスをかけられ、さらに温かいお湯でシャンプーをされ、熱い蒸しタオルで、顔を剃られ、仕上げにはドライヤーの熱風をかけられる。暑い夏のさなか、この一連の作業の流れは、お客様に「快適優美」を提供しているとは思えないと感じ、何とか、この中に「涼」を感じさせることができないかと考えました。そこで清涼感のあるメントール系のシャンプーを使用し、流すお湯の温度を下げてみました。これがお客様に評判が良かったので、「季節限定メニュー」として開発していこうと考えました。実際にはメントール系シャンプーなどは昔から存在し、そのままではインパクトはなく印象に残るには薄いと思いました。
 そこで「演出」と「ネーミング」というものを考えました。
 私が夏を感じるもので、特に興味深いものは「冷やし中華はじめました」です。あのブルーのポスターを見ると、夏が来るという実感が湧き、同時に冷やし中華も食べたくなります。その効果を狙ってみました。「冷やしシャンプーはじめました」と。当時、冷やしシャンプーという言葉はなく、誰も知らないものなので、あえて冷やしシャンプーの内容は伏せて、さも日常的に今までにあるかのように「冷やしシャンプーはじめました」とだけ書いた青いポスターを店外に貼りました。
 今の時代は、何でもネットで調べることが可能なので、あえてネットなどでPRすることは避けました。しかし、ポスターを見た人たちがブログなどで「変な看板を見た」「教えてください?冷やしシャンプーって何?」などの書き込みを多数してくれたことで、勢いを増し、広まっていきました。

2 志を同じくする理容師たちの相乗効果 

 ここまでは「個」の論理であり、個人の店舗の改革はできても、理容業界自体を世間にPRすることはできません。ここからが本題になります。
 当県の講師会では、「カット」「リラクゼーション」の二つの部会で、業界活性のための研究・講習を行っています。リラクゼーション部会では、この「冷やしシャンプー」企画をいちはやく取り入れて全県に推進していこうと活動してきました。実は、この活動こそが非常に大切なポイントであり、「理容業界を良くしたい」という志を同じくする仲間が集まることで、「アイデアの掛け算」が実行され企画が次々と連動していきました。
 「個」では出てこない発想や実現できないものでも、「集団」になればできる。個でのイメージでは印象が薄くても、集団だとインパクトがある。理容師一人一人の個性が、面白いように化学反応を起こしていきました。ぶつかり合いもありますが、結果的に「志が同じ」ということは、目標が同じなのでブレないのです。
 とても良い企画なのに業界内だけで盛り上がって、消費者には全然伝わらない「内輪ウケ」というものがありますが、それでは、全くビジネスにはつながっていきません。
 外に発信して、消費者に伝わってこそ、理容のPRになると思います。ある支部では、講師の先生が「冷やしシャンプーはじめました」のポスターを制作し、地元に配布して推進していきました。このポスターにより、統一されたイメージが定着していきました。また別の支部では、このデザインをもとに講師会の有志で制作した幟(のぼり)を使い、支部全域にPRしていきました。
 この幟作戦は、地域のお客様へのPRだけではなく、観光で訪れる人たちや取材で訪れるマスコミの目にも止まることになり、いち早く県外へのPRとなりました。この幟やポスターは、講師の先生方のアイデアであり、組合の役員の方々の決断力と、組合員の実行力が掛け算されたことにより大きく話題を集めました。
 「理容店×夏=冷やしシャンプー」という図式を強固にするには、一店舗でも多くの賛同者を募ることだと考えていました。組合の理解のもとに、全県での支部講習の実施や、夜間での店舗講習など、講師の方々が休日も夜もなく走り回り、指導していきました。
 冷やしシャンプーの良いところは、やる気さえあれば明日からできるメニューというところです。高額な設備投資もいりません。難しいテクニックを今から覚える必要もありません。シャンプーを変えて冷やすだけです。シャンプー技術は、若い理容師からベテラン理容師、誰でも出来るメニューですから、すぐに実践で使えるということで、浸透率がとても速かったのではないかと思います。
 その結果、個人で実施しているときは「変わった理容店がある」と、どれもバラエティ的な扱いで話題にはなっても業界のイメージアップにはつながりませんでしたが、それが五十人、百人、三百人と、県内いたるところで、企画賛同者が増えていったことにより、「あの県には冷やしの文化がある」「理容師さんたちが工夫をして、暑い夏にサービスを提供している」と、地域性を組んだ旅番組などで好意的にメディアが取り扱ってくれるようになりました。数は力になります。一人でやっていると変わり者で終わりますが、皆でやれば「文化・流行」になります。まさに組合のスケールメリットを活用できたのです。

3 消費者参加型の企画構想と理容のPR

 私たちの理容は、低価格店のように、事務的で、会話もなく、十分で終わるものとは違い、一時間かけて、会話をしながら、マンツーマンで仕事をしていきます。
 お客様の、お仕事・趣味・体調なども把握しながら、カットをさせていただき、お付き合いをさせていただいています。色んな仕事や経験をしてきた方がいて、その年代や専門的な立場からの意見やアイデアは幅が広く、面白さに溢れています。個人の考えなど、たかが知れています。組織内の考えでは視野が狭く、どうしても偏りができてしまうこともあります。そこにお客様の知恵をいただくことで、私たちには想像もできない角度から物事を見ることができる場合があります。一店舗に数百人という顧客をかかえているとするなら、三百店舗となれば、十万人を超える多彩な知恵袋を所有していることになります。これを活かさない手はないでしょう。
 例えば、「冷やしシャンプー」の体への影響などで指摘された時がありました。安全・安心を提供する理容室では、万が一のトラブルもあってはなりません。「冷やしシャンプー」を推進していくにおいて責任が生じてきます。そのため、医者・大学教授などの専門家の先生に、きちんとお願いして、アドバイスをいただき、注意点などを記した「マニュアル」を作成しようと考えました。
 これも理容店の良さで、企画に参加した三百店舗のお客様の中には様々なジャンルの専門家がいて、その意見を無料でカット中に教えていただくことができました。皮膚科・脳外科・血液循環科などの先生や、大学教授などの専門家のお客様に、冷やしシャンプーの体への影響と安全性という視点から見解をいただき、その情報を集めて「冷やしシャンプーの注意点」と称して資料をつくり、現在では、組合で講習を受けた店舗に配布しております。このように「冷やしシャンプー」は、お客様が企画に賛同・参加しているのも、実は一番の特徴であります。
 小さなアイデアであったものが、地域の理容師たちの企画とPRによって大きな動きに変えることが出来ました。夏の間だけでも、理容を盛り上げたいという皆の気持ちが、ひとつになり、個々の才能と組織力を活かしながら、毎年毎年、諦めることなく一歩ずつ行動してきたことが今につながっています。
 現在では、当県の夏の風物詩として、駅の観光ウィンドウへの掲示や、観光物産展への出店なども依頼され、夏のPRに一役買っています。ツアー会社やJALなどの、旅行に関する冊子への掲載、観光マップや趣味の雑誌なども含め、毎年、夏の観光の目玉のひとつとして取り上げていただいています。さらに、そういった理容師たちの活動を参考にさせていただきたいと、商工会議所や商店街連合会など他業種からの講演依頼などもあり、県内だけではなく県外からもオファーが多数あり、理容のPRの幅を広げています。
 また、他県の理容師の皆様からの要請で、現在、二十七都道府県の企画賛同者には資料をお渡ししています。この企画はどの地域でもやる気さえあればできるし、同じ理容師仲間として「良いものは共有しよう」という考えのもと、依頼があれば喜んで情報を開示しています。実際にいくつかの県組合には講師を派遣して、正統な冷やしシャンプーをお伝えしております。

まとめ 業界を良くして未来へ

 カットは、今日切れば、明日は切る必要はほとんどなく、次回来店までの期間が開きますが、シャンプーならば毎日来店していただいても良いはずです。カットからカットまでの間に、シャンプーが数回入るだけでも売り上げが上がります。「理容店をシャンプーだけで利用する」「カットしなくても、理容店に行く」というような考えを、消費者に「冷やしシャンプー」を通して植え付けていくことで、来店サイクルの考えを新たにできることでしょう。
 近年の理容業界は、「お客様を待っているだけではダメだ」という発想から「攻める理容」に転じ、数々の行動をおこし前進してきました。そして、次なるテーマは「考える理容」だと思います。他業種や理容業界の先人に学びながら「理容的」または「現代的」にアレンジした企画構想を練り、それを消費者に知っていただくPRが大切なものになってくると思います。その行動の足掛かりになるのは「同じ志をもった仲間」だと思います。
 また仲間は理容師だけではありません。地域のお客様も仲間になってくれます。私たちの理容という職業は、地域や地元の人たちを大切にしていくからこそ商売が成り立つのであり、地域に活かされていることを実感し、ビジネスだけでは割り切ることのできない人情や郷土愛を知ることで、さらなる理容の応援団を増やすことは可能だと思います。
 企画構想・情報伝達・行動といった一連の動きに対して、地方という単体なら即決・即断が可能であり、メディア・行政・観光も、都会よりは身近にあって協力体制が整いやすく、それが地方の良さにもなっています。
 こういう「地方力」を活かした地域での活動が各県で企画・実行され、それが一つになった時には、全国の組織として大きな力となると考えます。
 私たちの企画はこれで終わりではありません。一時的ブームを仕掛けているのではなく「夏の理容の定番」として未来の理容師である子供たちに残していけるよう、さらなる企画構想とPRを考えています。一人ひとりの業界を良くして未来へつなげていきたいと思う気持ちこそが、理容の「誇り」であり、その集合体が組織へと反映されることが、業界復興への第一歩になると思います。

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