平成22年度業界振興論文・優秀賞

この不況の時代に対応した新たな営業展開
《二つの年齢層と時代の変動に対応した新規顧客開拓への展開》

糸田泰典(和歌山県組合)

 

【序論】

 2007年夏頃から、アメリカのサブプライムローン問題に端を発し、世界中が危機的経済状況に陥ってしまった。その後、日本でも政権交代が行われたが、2010年2月の雇用失業率は4.9%と未だ出口の見えない経済状況が続いている。
 理容業界も同じくして、厳しい不況のあおりを受け、当県の理容組合加盟店は、2007年頃には870店程あったが、2010年4月には約10%減少し、773店まで落ち込んでしまっている。また、経営不振の理由の一つに、低料金の大型理容店の参入等で顧客の加盟店離れなども考えられる。
 近年、若い理容師の新規開店は減少の一途を辿り、全国の理容学校への入学者数も平成21年度は1200人程度に減少してしまっている。これには少子化も一つあると考えられるが、職業の選択肢が多岐にわたり増えたことも要因の一つだと考えられる。
 さらに、近年の後継者不足等、業界の高齢化も進み、若者が理容店から美容店へ推移しつつあることも理由の一つだと考えられる。
 上記を踏まえ、いかにして若者に理容店へ目を向けてもらうことができるか、早急に後継者の育成と若年層の新規顧客の開拓を行うことが今後の課題である。そのため、中学校や高校で実施されている職業体験を取り入れた事業展開を提案する。
 また、数年後には総人口の約25%が高齢者となり、15年後には約30%にまで達する本格的な高齢化社会へ突入すると予測されるため、社会の年齢構成の変動と流れを今から的確に掴み、わずかな意識改革を行うことで幅広い年代層の経営者達に新たな利益が得られるよう事業展開を提案する。

 本論では以下の事業展開について述べる。

1 少しの意識改革により中高生の職業体験を受け入れたことで新規顧客の開拓につなげることができた事業提案

2 後継者育成事業の一つとして「理容甲子園」というイベントを開催したことにより理容業界のPR活動と若者に理容への興味を持ってもらうことに効果を得ることができた事業提案

3 少しの意識改革をする事により若者から高齢の経営者達が新たな増収を得ることのできる事業提案

【本論】
 まずは1の提案より述べる。 
 当支部の会合の中でも話題の一つとなっているが、数年前より若者や中高生の理容店への来店が激減してきていることを重く受けとめ、何らかの施策を講じることが必要不可欠ではないかと考える。若年層が美容店へ流れた理由の一つに、幼い頃から母親に美容店へ連れられていくことと同時に、理容店への関心も低くなり、流行のスタイルが作れない等といった誤った認識があるのではとの意見も聞かれた。
 これらの要因を解決するために我々が取り組まなければならないことは、美容店へ行く傾向にある若者や中高生に、理容店へ目を向けてもらうと同時に関心を高めてもらうことにある。まず、中高生にお店に入ってもらわなければならない。そのためには職業体験の受け入れを推進することが最善策であるとの意見をもとに、4年前から支部内で中高生の職業体験の受け入れをスタートさせることにした。スタート時、地域の学校では美容店への職業体験の依頼が多く見受けられ、理容店への依頼は1、2店舗程度であった。
 この現状を踏まえ、いかにして中高生及び学校関係者に関心を持ってもらえるかを支部内で再検討し、まず支部内から受け入れ店を募ることにした。その結果、14店舗からの賛同を得られ、「理容店の受け入れ名簿」を作成した。
 まず手始めに、各市町の教育委員会に対して名簿と自分達の受け入れの趣旨と概要を記した資料を添付し提出したが、反応は薄く同意を得ることができなかった。
 翌年、支部内にある17の中学、高校へ直接配布することにしたが、生徒達の反応は鈍く、前年と変わらず2店舗程度の依頼にとどまり、理容店への関心は極めて薄いものと感じられた。
 以上の結果を踏まえ、さらに翌年、理容店の仕事風景や職業体験を盛り込んだDVDを自主制作した。さらには、サインポールの由来や理容道具であるバリカン、カミソリ等の説明を記した資料も用意し、受け入れ名簿、資料、DVDと共に提出した。
 その際、各学校の学校長や担当の先生に、職業体験を引き受けるにあたり、我々理容業界が地域社会への恩返しの意味も含め、生徒達が社会人になった時に身に付けていて欲しい挨拶や礼儀など、たとえ一部分でも「大人になる為の一助」であることを念頭に指導する旨を伝え、学校側の思いや考えなども聞く事ができ、幅広い意見交換をすると共に協力をお願いした。
 その上で、対象となる生徒全員にDVD等を観てもらうことで、理容業を選択する生徒には更に興味を持ってもらい易くなるであろうと学校の担当者に告げておいた。
 その結果、当初は1、2名であった生徒が8名まで増えることとなった。職業体験の内容は、受け入れ日数が3日間という短い期間であったため、言葉遣いなどを中心に、理容店の仕事のアシスト、ウイッグを使って流行のスタイルや生徒自身関心のあるスタイルを作ってもらい、最近、理容業でも取り入れられているフェイシャルエステやネイルケア、ヘッドスパの他、男女共に自分の眉毛の整え方などを楽しく体験してもらうことで、生徒達が持っている理容店へのイメージ以上に進化した理容を体験してもらえるよう努めた。
 このことにより、人が美を造ることの手助けをする楽しさや喜びなどを体験してもらえたことで、対価に換え難いものを感じられたのではないかと考える。
 勿論、理容店のPRは当然のことだが、生徒達の挨拶の仕方の指導や、働くことの意義や価値などを知ってもらうための手助けができたように思われる。生徒達は、あくまで職業体験学習生であって理容師見習いではないので、厳しさを感じさせずに楽しんでもらえるように工夫した。 
 その結果、生徒達や家族、友達の中から新たな顧客の獲得につながり、4名の新規顧客の開拓に成功した。その内訳は職業体験生2名と家族1名、友達1名であった。職業体験を受け入れることが新規顧客の獲得につながれば、中学2年生から高校卒業時までの約5年に亘り収益を得られることが想定できる。
 以上の結果から、少しの発想の転換により組合からの提案事業が新たな収益につながることが立証できた。このような事業を上手く利用することにより、人を育成しながら新規顧客の開拓もでき、地域の学校関係者や家族からも喜んでもらえ、理容業界のプラスイメージにつなげられる事が実証できた。
 次に2の提案について述べる。
 理容業界のPR活動や後継者育成事業の一環として「理容甲子園」というイベントを開催した。中高生15名に参加してもらい、競技時間を30分とし、ウイッグを使って彼らの自由な発想で思いのままにセットのみを競い合うものである。職業体験に参加してくれた中高生や、県内加盟店へポスターを配布して加盟店のお客様の中から理美容や髪に触れることに興味を持っている中高生を募った。
 「理容甲子園」に参加する中高生を受け入れてくれたお店で、彼らの自由な発想を基に店主が競技会当日迄にウイッグのカットやパーマ、カラーリング等の下準備を施し、当日はハサミやカミソリは使わずセットのみで彼らの思うがままのスタイルに作り上げてもらった。
 競技会当日は、中高生達の真剣に取り組む姿やプロ顔負けのテクニックで、我々の想像以上のレベルの高さに驚きと感動を感じた。
 会場へは、一般の人や参加してくれた中高生の家族や友達等に集まってもらうことができ、今までとは一味違った理容の競技大会に多くの目を向けてもらうことができた。
 また、多くの報道機関にも、中高生達が一生懸命、額に汗しながら競技に取り組んでいる姿を紙面への掲載やテレビ放映してもらう等、マスメディアを通じてのPR活動につながった。
 参加してもらった中高校生には、楽しさや感動など色々な体験をしてもらえたと思う。
 また、今後の理容業界のプラスイメージのアピールにもつながったと考えている。
 この結果を踏まえ、私達の想定していた課題は十二分に達成できたと感じられた。初めての試みに試行錯誤を繰り返し、挫折しそうになりながらも何事においても前向きな考えを持って進めば達成できるという自信にもつながった。
 今回のイベントに掛かった経費は、ウイッグ代と受け入れ店への協力費、当日の交通費と傷害保険料、お弁当代と賞品代のみで済ませることができた。世相を反映し、組合運営費も縮小される中、低コストに抑えるという課題も達成することができた。
 日本の理容技術は、世界の中でも高いレベルを誇っており、若者達にその事実を知ってもらうために、今後もこのような機会を多く作るべきなのではないかと考える。
 3の提案について述べる
 幅広い年齢層の経営者が、わずかな意識改革により、増収につながることにもっと積極的な考えを持ってもらいたい。
 3年後に、社会の年齢構成は約25%が高齢者になると発表されている。しかし、我々のような過疎地域では、約30%が高齢者になるとも予測されている。現在、我々の地域の中にも限界集落といわれている過疎地域が在り、高齢者夫婦や独り住まいの方で交通手段にも欠しく、生活に不便を感じている人が多く居られることが確認できた。
 そこで、我々理容業界に何ができるかを考えた結果、理容店へ行きたくても行けない人達を対象に、定期的に散髪を行える方法の一つとして、出張理容を行えるように地域の首長に訴えてみた。当支部にある地域の2町の町長に過疎地域での出張理容の必要性等を調査していただき、理容店の無い地域での出張理容の受け入れを承諾してもらうことができた。
 最初は、行政も有益事業に難色を示していたが、今後の高齢化社会への推移を訴え、受け入れの了承を得ることができた。
 場所は、地域の公共のコミュニティセンター等を提供してもらうために、使用目的の規約を改定してもらった上で、地域の区長に窓口となっていただき、担当の理容店に散髪希望者からの連絡をもらえるようにした。
 すなわち、理美容店に行けなくなった方達に対し、シャンプーは行わずカットのみ、もしくはシェービングをセットにしたメニューで、料金は通常の半額程度に設定し、お年寄りの方達にも心から喜んでもらえ、依頼を受けた経営者には定期的な副収入も得ることができる事業展開である。カットのみで半額程度ではあるが、1つの場所に集まってもらうとで、1時間に2~3人程度可能となり、店舗での収益率となんら変わり無く収入を得ることができる。
 この事業の目的は、高齢者に安心と喜びを感じてもらい、その対価として参加する理容店が定期的な収入を得られることである。
 このように私達が手掛けている事業は、これから全国的に高齢化社会が進む中で、多くの地域の中にも必要となり、早急に取り組まなければならない事業であると提案する。

【結論】

 昨年、全国理容地区協議会・青年部会議のセミナーにおいて、今の日本経済の状況などを交えた講演を聞くことができた。
 そのセミナーの中で、日本の社会は10年刻みで5つのサイクルによって回っていると言う趣旨の内容があった。
 昭和22年~31年を動乱期、32年~41年を学習期、42年~51年を平和期、52年~61年を庶民台頭期、62年~平成8年を権力期と説明されていた。
 このサイクルによると、今年は学習期に入って4年目にあたるので、さまざまな学習をする時期であり、各自が今の社会に適応できるよう努力し、学ぶ必要がある。 
 今、我々はネガティブな考えになりがちである。できない理由を考えるのではなく、できる方向性を模索することで、前述したような事業展開も可能になり、幅広い年代層の経営者に新たな利益が得られるようになる。
 この学習期における社会の流れに一早く対応し、組合に加盟しているスケールメリットを発揮して、このような事業に組合支部単位で早急に取り組み、地域の中でその事業の必要性を行政に訴え、行政と共に歩んでいかなければならないのではないかと考える。
 我々の業界の中でも、やる気のある人達に休日等を利用してもらい、今までにない売り上げ増収につながる策を講じる時期なのではないかと考える。
 我々の理容業界自体、高齢化が進んできている。世間でも気力、体力があるにも拘わらず退職を余儀なくされ、時間の有効利用ができていない人も多く見受けられる。
 しかし、理容業は、元気でやる気さえ持っていれば年齢に関係なく継続できる。理容業の特色と組織力を有効利用すると共に、少しの発想の転換をすることで、幅広い年代層に新しいビジネスチャンスが生まれるだろう。
 以上を踏まえ、私は不況に負けない経営を行うために、わずかな意識改革による事業展開を提案する。視野を広げることで大型大衆理容店等にはできない営業展開があるのではないかと思う。
 今後、この提案により理容業界並びに連合会加盟店がさらなる営業展開を遂げ、末長く繁栄することを願う。

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