平成21年度業界振興論文・優秀賞

後継者不足を夢につなぐ

田中トシオ(東京都組合)

 

はじめに 変動する時代の理容業

 アメリカのサブプライム問題から発生した金融危機は世界中を同時不況に巻き込み、例外なく日本もその波を被り、かつてない厳しい時代が続いている。
 消費者心理も冷え込み、必要品以外の支出を控え、より安い方向へと流れている。
 理容業もかなり以前から美容室への男性客流出。十年位前からは急激なディスカウント店の進出等が顕著となり、理容組合(以後組合)加盟の理容室は大きく売上を落としてきた。そこでの景気後退は更に経営を圧迫している。
 その中でも問題なのは、後継者がいない組合員の高齢化に伴う店舗閉鎖がある。
 高齢化した組合員の五年後、十年後、そして後継者がいない未来を予測すれば悲観的な観測しか出てこない。
 一方では、将来一国一城の主を夢見て理容師になったが、この経済状況の中で独立できる環境にない若者にとって、独立することは至難と言わざるを得ない現実の壁がある。
 そこで筆者の提案は、高齢化が進み理容室の閉鎖を余儀なくされた組合員と、独立できない若者の情報を寄せ合い結びつければ、組合員は店を閉めずに済み、若者は念願の独立となる。組合としても組織率の落ち込みを防ぎ、メリットの拡大から信頼に結び付けられる事になる。
 それらを全国理容生活衛生同業組合連合会(以後全理連と省略)が主体となって橋渡し役となり仲介するシステムを構築することの必要性を感じるのである。

本論一 理容業が抱える問題点

一 進む高齢化

 平成二十年の全理連理容統計年報によれば、組合員平均年齢は約61才。そのうち後継者ありと答えた人は34パーセント強。一方後継者無しと答えた人は58パーセント弱となっている。
 この数字から、五年後にはほぼ半数の人が引退し、十年後には大部分の人が引退となるだろう。
 高齢化と後継者がいないことは直接店舗閉鎖、組合脱退につながっている。
 新規の加入があったとしても十年後には組織の弱体化、存続の意義さえ失われてしまうような危険な数字である。
 筆者の支部でも、昨年だけで高齢化による閉鎖が二店舗、五十代だが病気のための閉鎖が一店舗あった。そのほかでも高齢で休みを多くし、営業時間を大幅に短縮しながら営業している店も幾つかある。
 店舗閉鎖には引退の他にも、健康状態もあれば不況やディスカウント店の影響から経営状態の落ち込みにより、やむなく閉鎖に追い込まれていく店舗もある。
 長年苦労して来て「さあこれから老後を楽しむ」、つもりで頑張って来た理容人生の最後が、後継者も無く愛着いっぱいある店舗の閉鎖とは。仕方ないとあきらめても悲しいものがある。

二 独立できない若者

 筆者が理容学校に入学した昭和三十五年頃、多くの若者が理容師を目指し、学校も定員〆切り。落とされる生徒もいた。当時は理容室と美容室の店舗数もほぼ拮抗していた。
 当時の同期生もほとんどが独立してそこそこの成功を収めている。
 しかしいつの間にか理容と美容の生徒の応募数は差をつけられ、十年前の約五千人近くから平成二十年度には二千人を割ってしまい、二十二年度は一千人前後と聞いている。それは美容の十分の一にも満たない数字になっている。
 それに伴い全国の理容養成施設の縮小や減少にもつながっている。
 筆者の頃は三十才前後で独立開業が当たり前の時代に遭遇できたのは幸いだったが、現在は独立適齢期になっても、資金繰り、経営難、幾つかの問題が複合しており、大きな借金をして迄簡単に独立に至れない人が多いのも現実である。
 他業種に比べ、日常の練習量や講習会や勉強等の努力は多く、一般企業に比べ比較的安い給料で技術を磨いてきたのも、将来自分の店が持てる夢があったからこそ耐えて来られたのではないだろうか。
 独立の夢をあきらめたのでなく、独立できない現実が間違いなく増えてきて、理容業への就職を躊躇する若者の一要因にもなっている。

三 ディスカウント店の進出

 時代の流れの中、この不況時代を生き残り、マスコミが取り上げる元気のある業はほとんどが極端な安売りに集中している。
 理容業も、QBハウスを筆頭にどこの地域にも次から次とディスカウント店が開店し、短時間で多くの客数を処理している。
 絶対数が少ないはずの理容師なのに、どうしてあれだけ多くのスタッフを確保できるのか不思議だったが、ある店を覗いてビックリした。
 コンテストで優勝した、ある有名講師のスタッフがその中で働いていた。目を疑ったが紛れもなく筆者も指導したことのあるその人だった。
 その講師に聞くと、七年勤め、独立を目指したがお金が無いので不本意ながら少しでも給料の高いディスカウント店に移ってしまったと嘆いていた。
 ディスカウント店の人材確保もそんな独立をあきらめた若者を職人として大量に雇用している。
 その店の給料システムは売り上げ歩合給で、より多く稼ぐために、月二回程度しか休まないとも聞いた。
 一般の組合店では、仕事ができない若者を採用し、熱心に技術を教え一人前にして育てたら、結果としてディスカウント店の技術者養成施設みたいになっている。
 そんな若者を組織として救う道も考えなくてはならない。

本論二 店舗の斡旋

一 仲介システムによる利益の共有

 店舗を閉鎖せざるを得ない組合員
 独立できない理容師、互いに理容業にいながら不遇な環境が現実にある。
 長年誇りを持って営んで来た老理容師が店を閉める愛惜は想像に難くない。
「出来る事なら誰かに店を継いで欲しい。」
 その思いのある人は少なからずいると推察する。
 一方、若者は理容師になろうと足を踏み入れた時から「いつか独立」の志があったからこそ技術習得の努力の積み重ねができたものと思われる。
 その夢をあきらめるのでは無く、店を閉めようとしている店舗を誰かに紹介して貰い、それを借りることができるとしたら。
 高額な開店資金も必要なく。現在来店しているお客さまをそのまま引き継ぐ。この固定客は何ものにも替えがたい財産である。少なくても新規開業でゼロからの集客に比べリスクは大幅に削減される。
 貸店舗としての不動産仲介はあるが、理容で借りる人がいなければお店を壊し、椅子やカガミ、加温器等、備品は粗大ゴミとして処理しなければならない。また情報量は少なくお客さまの引継ぎ等は皆無に等しい。さらに、高額な手数料も要求される。
 筆者の提案はまさにこの業で生きられる喜び、継承できる喜び、両者の利益の共有システムを全理連の組織でこそできるものと確信している。
 これを全理連組織の一部に所属部署を設置し、全国の情報を一元化し、仲介斡旋できるシステムを作ることが本論の趣旨である。

二 組織力の動員

 全理連の組織網は全国に張り巡らされその能力は絶大なものがある。
 全理連の新事業として発表すれば数ヶ月以内に全支部員に届くことが多い。
 その組織力を利用すれば、高齢化、後継者不足、長期休業等の同業者を把握することはそう難しい事ではないだろう。
 組織の中に「店の継承者求む」。簡単に言えば、理容業者対象の貸店ありの情報告知を受け付けるのである。
 一方、独立を望む若者の把握は組合員を通じてでないと難しい。又それを全理容師に周知することも難しい。
 各単組から従業員のいる支部員や、青年部からの情報、そして業界紙等を通じPRすれば、徐々に浸透し、その効果はやがて出てくるだろう。
 独立支援の環境衛生公庫担当や広報課、全理連中央講師会でも窓口は可能である。
 専門の部署をどこかに併設し、独立斡旋の仲介をする。
 営利を目的としない単なる紹介であれば不動産取引免許等も必要なくできる。
 全理連登録時に希望をそれぞれが聞き、匿名情報としてインターネット、又は全理連に直接出向き情報ファイルを閲覧できるシステムを設置することにより、全理連はより身近に感じられ、店舗探しができるようになる。

三 契約

 全理連に登録する際に、店を貸したい人と借りたい人の希望条件を明記して置く、立地、規模、家賃、住居、改装、店舗名や備品等、さまざまな交渉のケースが考えられる。
 又、技術者も一人もあれば、夫婦もある。時にはスタッフの引継ぎもあるかも知れないし売買を望む人がいるかも知れない。
 しかし全理連は紹介するだけで契約交渉には一切関与しない。
 そのための仲介手数料も一切取らない。できれば環衛公庫の独立支援融資を紹介する。これこそ組合員のメリットを享受できる大きな手段のひとつでもある。
 互いの条件を両者が話し合い、歩み寄りして成立して行く過程と責任は全て個人にまかせる。交渉がまとまり契約が成立したら全理連と組合支部に連絡をする。
 報告を受けた組合は共済や教育、諸事業のメリットをPRし、組織に加入することを勧誘する。
 それは一店舗が脱退し一店舗が新規加入することになる。

四 引き継ぎ

 それぞれ両者の合意ができ、契約が終了したら、借り手は最低二ヶ月はその店に無給で従事し、貸し手側から、お客さま一人一人紹介していただき、ヘアスタイル始め、嗜好品、家族構成、趣味等、諸々の情報を教えて貰う。お客さまは何の不安もなくスムースな交代ができ、引き続き安心してご来店が望めるであろう。
 筆者の経験でも、古くからの同支部の先輩が高齢のため引退を決め、経営委譲の打診があり支店として引き受けることとなった。
 その際、独立間近の店長候補を三ヶ月一緒に働かせていただき、その三ヶ月で固定客すべてを紹介されたため、失客はほとんどなく、固定客がベースとなり赤字を一度も計上することなく売上が伸び、その後、最小の投資で独立でき、引き継いだ年配客の他、新規の若者も増え安定した経営につながった実績がある。
 本来なら廃業、店舗閉鎖となる筈だったが、引き継ぐ若者がいたため、店舗は存続し組合にも加入し、両者の思惑はまさに一致をみた。
 引き継ぎの仕方も色々あるがこのような方法は多くの不安を取り除くのに役立つであろう。

結論 業の継承と存続

 多くの外国を見聞してきて日本の理容技術のレベルの高さは、平均的に見て恐らく世界一の水準にあると断言できる。
 又、同時に日本の理容組合の組織力は、他業種と比較しても国際的にもトップの水準にあることは確かである。
 理容業は消費者にとっても絶対必要とされ求められている職業である。
 理容組合からの脱退、組織の衰退は理容業の生命線とも言える免許制度、業務独占の法律改正に及ぶ可能性すらある。
 閉鎖される組合員、独立できず新規加入ができない理容師、その穴を埋める店舗仲介システムは組織ならでこそできるものである。
 できれば自分の子弟に引き継がれるのがベストだが、それが無理なら次善の策として第三者に引き継いでもらう。店舗はそのまま残り、家賃収入で安定したら、理容人生一筋で歩んできた老後も穏やかに過ごせるだろう。
 独立できた若者は、店が持てる長年の夢が実現する。
 しかも安い投資と引き継がれるお客さまは大きな財産となりリスクは最小で、そこに新規も増やせば収入は安定してくる。
 一生職人のまま、歩合制給金でディスカウント店で身を削る必要がなくなれば、理容師としての自尊心、結婚、子育て等、未来の不安が払拭できるとしたら、それを仲介した組織力に感謝するであろう。
 組織は組合員の確保、組合員の若がえり、ディスカウント店やアウトサイダー店の有効な員外対策、なにより組織のメリットを強調することができ、続く若者達に組織の大切さ、有難さを伴い夢に引き継ぐことができる。
 後継者不足を嘆くのでなく、後継者となる若者に新しいビジネスチャンスを与えることが肝要である。
 理容業に組織の未来に、まだまだ可能性はいくらでもある。
 この仲介システムを作ることにより多くの若者に夢を与えることができる。
 それは高齢化による悲観的予測を明るいものにするだろう。
 一番大切なもの、それは組織の存続と業の発展にある。そのための施策として「組織による店舗仲介制度」こそひとつの方策であると確信するものである。

おわり

 

参考文献
平成二十年全理連理容統計年報

 

審査講評
審査委員長 尾﨑  雄 (生活福祉ジャーナリスト)

  安心して理容業を誰かに継承したい理容店主と軽い費用負担で店舗と固定客を持ちたいという独立・開業志望の若手理容師を結び合わせるマッチング・システムの提案だ。店舗は自分の子弟に引き継ぐのがベストだが、次善の策として第三者に引き継いでもらえば、少なくとも家賃収入で老後も安心。一方、若手理容師も独立・開業の夢がかない、大型激安店を転々とすることなく人生設計ができる。さいわい全理連はそれを可能とする全国ネットワークを持っている。実現すれば、有効なディスカウント店対策となり、「組織のメリットを強調することができ、続く若者達に組織の大切さ、有りがたさ」を継承でき、結果的に全理連組合員の若返りと組織再生につながる。若い世代にビジネスチャンスを与えることが後継者対策と業界振興の決め手になるという、新鮮な提案である。

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