Vol.32 戦中・戦後も信仰を集めた采女亮像 目黒の采女祭(東京都)

 

 東京都組合目黒支部(島田健吾支部長)は長年にわたって、業祖・藤原采女亮(うねめのすけ)に感謝を捧げる「采女祭」を開催しており、9月9日には、上目黒住区センターで式典を開催。区議会議員ら来賓や支部員、約50名が出席し、祭壇の采女亮のご神体に参拝した。

ご神体

 佐藤吉隆式典実行委員長によると、ご神体の采女亮像は、江戸から明治までは上野東照宮に祀られていた木像で「元慶作」の銘入り。大正10年頃に高輪の理容師・浅野鶴太郎氏の手に渡り、浅野家で大切に祀られてきたそうだ。東京大空襲の影響で鶴太郎氏のご子息・文五郎氏が店舗を目黒に移した後は、正月、5月、9月の17日に組合の有志で赤飯をお供えして采女講を開催しており、戦中・戦後の混乱の中でも常にあつい信仰を集めた由緒ある像だという。
 昭和37年からは組合の行事として采女祭が行われるようになり、以来、半世紀ほどの歴史を重ねてきたが、島田支部長は「文五郎氏没後は支部員の有志で代々お守りしていますが、業祖である采女亮のご神体をお預かりしていることを誇りに思います。この素晴らしい式典を若い世代に引き継いでいきたいですね」と語っており、采女亮への感謝、信仰は代々受け継がれることになりそうだ。

地元の神社から招いた宮司によって、神事が進められた

 

(理楽TIMES H25.11.1付 No.458掲載)

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