Vol.16 横浜開港150年記念 西洋理髪発祥の地を訪ねて 神奈川県横浜市

 

山下公園に建つ「西洋理髪発祥之地」の碑

 1859年(安政6年)に横浜が開港して、今年で150年。この開港により多くの先端風俗、異国風俗がこの地から起こったが、理容技術もその一つであった。
 開港後、横浜に来た小倉虎吉、原徳之助、松本定吉、竹原五郎吉らの結髪師は、外国船に出入りして乗組員の顔剃りをしていたが、日本でも散髪が流行することを感じ、船内の西洋理髪師からその技術を習得していった。
 そして明治2年、小倉虎吉が横浜居留地に初めて西洋理髪床を開業した。明治31年の「時事新報」には「148番館即ち俚俗支那屋敷に散髪床を開き…これを横浜における日本人散髪業者の元祖なり」と記されている。
 山下公園(横浜市中区山下町279、みなとみらい線「元町・中華街」駅から徒歩5分)の芝生広場にある「西洋理髪発祥之地」の碑は、これを記念して平成元年11月に建てられたものである。また、虎吉の理髪床のあった場所は、現在の横浜中華街の中華料理店・同發本館(同中区山下町148、同徒歩5分)付近と言われている。

小倉虎吉の理髪床があったとされる横浜中華街の同發本館

 松本定吉は居留地151番地に開業したとされるが、現在地の特定は難しい。しかし、虎吉のその後の消息が不明であるのに対し、定吉には墓が存在する。それは本牧山妙香寺(同中区妙香寺台8、JR根岸線「山手」駅から徒歩15分)内旧墓地にある。墓石表には「元祖西洋理髪師 松本定吉之墓」、裏には「明治三十八年十二月建之 施主 松本彌吉」などと刻まれているが、数度の全山消失で詳細を伝え るものが現存しないのが残念だ。
 開港150年の機会に、横浜の西洋理髪発祥ゆかりの場所を訪ねてみてはいかがだろう。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

松本定吉は山手の本牧山妙香寺に眠る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(『理楽TIMES』H21.7.1付No.406掲載)

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