Vol5 業祖・藤原采女助のねむる寺――理容業のルーツを訪ねて  東京都文京区 仏法山寶樹院西信寺

 

山門前の顕彰碑と住職の佐々木陽穂さん

  髪結職の始まり、「業祖」として知られる藤原采女助。その采女助の墓碑は、東京都文京区の西信寺に建立されている。采女助を祀る碑は、全国に存在しているが、過去帳を伴う墓は西信寺にしか確認されておらず、この墓は、采女助の歴史を知る貴重な史跡である。 

  西信寺は、江戸初期に長察によって開山された浄土宗の寺で、約400年にもおよぶ歴史を持つ由緒ある寺院。采女助の墓は、もともと西信寺の向かいにあった大慈寺という寺にあったが、明治時代の廃仏毀釈によって大慈寺が廃寺となった際、過去帳とともに西信寺に移され、地元理容関係者によって手厚く守られてきたという。

  墓碑は150~160cmほどの大きさで、正面に「理髪業祖北小路采女助累世墓」「采女講」「施主・東町・平床」、側面に「大正二年十一月十七日再建」「采女講々中」「発起人及有志」の文字が刻まれていることから、現在の墓碑が大正2年に理髪業者によって建て替えられ、その当時、講(采女講)が催されていたことがうかがい知れる。

  西信寺の住職・佐々木陽穂さんによると「昭和10年頃までは、采女助の月命日(17日)に講が開かれていたようですが、戦争の混乱とともに、講が行われることもなくなり、足を運ばれる方も少なくなりました」ということだが、平成12年には、業祖の遺徳を次世代に継承するとともに一般にも理容の歴史を認識してもらおうと、理容組合や団体、商社の協賛のもと、采女助顕彰委員会によって西信寺の山門前に顕彰碑が建立されており、時折、理容師や研究者が訪れているという。

  理容業の開祖がねむる西信寺。一度お参りしてみては。

 

「理髪業祖北小路采女助累世墓」と刻まれた墓碑。過去帳のある墓は確認されている中でここのみという

●西信寺

 住所/東京都文京区大塚5-2-10

   ℡03-3941-0628

交通/東京メトロ丸の内線「新大塚」、有楽町線「護國寺」より徒歩5分、丸の内線「茗荷谷」より徒歩8分

「理髪業祖北小路采女助累世墓」と刻まれた墓碑。過去帳のある墓は確認されている中でここのみという

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(『全理連』 平成19年2月1日付けNo.377掲載)

 

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