平成22年度業界振興論文・優秀賞

 

女性の感性と男性の理解が業界を変える
「女性理容師の意識調査アンケート」から考える

太田奈津栄(千葉県組合)

 

はじめに

 「この業界を救うのは女性理容師だ」関東甲信越協議会青年部女性部会議で、ひとりの青年部長が発したこの言葉に、衝撃が走りました。私たち女性理容師は、この業界の厳しい現状を変えるために、もっと女性の意見や感性を活用して欲しいと願い、会議の度に訴えてきました。しかし、男性の口から私たち女性がこの業界の救世主になるという言葉が出たことに驚き、それと同時にその言葉がずっしりと胸に響きました。
 男性からそんな言葉が出るくらいこの業界は崖っぷちに立たされ、もう後のない状況です。私たちも、ただ自分たちの思いを訴えるだけでなく、女性理容師がどうしたらこの厳しい現状を変えることができるか、男性と共に考え、お互いに意識改革をしなければならないと思いました。

1.アンケートに1万3327名から回答

 女性理容師の感性を、サロンや組織にどう活かしたら良いのか、そして女性理容師の現状はどうなのかを明らかにしようと、組合に加盟している関東甲信越の全店舗を対象として、業界初の試みである『女性理容師に関する意識調査アンケート』を、女性部が中心となって実施することにしました。
 アンケートを実施するにあたって、アンケート用紙の印刷代や、配布・回収方法など、いくつかの問題が各都県で生じました。「アンケートをとったところで、無駄なだけだ」と言う声もありました。しかし、アンケートの趣旨をよく説明し、きちんと集計・分析して、冊子にまとめ、この業界を活性させるための貴重な資料として、女性のための営業支援と、後継者育成問題に役立てたいという女性部の熱意が、1都9県での実施を実現したのです。配布数と回収率は各都県で差がありますが、全体で2万529名に配布して、1万3327名(回収率64・9%)から回答を得ることができました。

2.時代はハードからソフトへ

 アンケートを集計・分析してみて、女性理容師がいると答えたサロンが、7割近くありました。(グラフ1参照)その女性理容師の構成を調べてみると、従業員は2割弱で、7割が妻で、その他嫁・娘・姉妹など、合わせると実に、全体の8割の女性理容師が家族従業員で構成されていることがわかりました。(グラフ2参照)

グラフ1
グラフ2

 女性理容師のいるサロンで、女性理容師ならではのメニューを行っているのは5割弱、その中で自分の顧客がいると答えた女性理容師は7割弱でした。
 女性ならではのメニューは多彩で、リンパマッサージや、ブライダルシェービング、耳マッサージ、温泉シェービング、炭酸ガスパック、泡パック、ヘッドスパ、着付け、ネイルと様々で、従来のメニューを大きく上回る客単価を実現して、サロンの売り上げアップに貢献しているメニューも多々あります。今、消費者が求めているのは、従来のカット中心のハードなメニューではなく、エステやヘッドスパなど癒しを中心にしたメニューです。街ではエステサロンやネイルサロンに足を運ぶ女性が多く見受けられるのが現状で、それらのサロンの売り上げは、右肩上がりで急成長しています。

3.まずは男性の意識改革から

 逆に実施していないと答えたサロンが5割強あり、その理由として「家事や育児におわれて、講習会に参加できない」「妻や嫁の立場で自分の意見が何も通らない」「女性理容師ではあるが、自分一人で経営しているので手が回らない」などでした。家族や周囲の協力次第では改善される可能性がある理由もあり、せっかく女性がいるのに実にもったいないと感じました。女性がサロンで活躍するには、男性の理解と協力が必要不可欠で、その環境がまだまだ整っていないことがよくわかりました。この5割のサロンが、消費者の求める癒し中心のメニューを取り入れただけでも、業界の活性に繋がるのではないでしょうか?(グラフ3参照)
 せっかく女性理容師のための営業支援講習を行っても、それを活かせる環境が整っていなければ意味がありません。経営者である男性の意識改革のためのセミナーの開催も必要だと考えます。男性の意識をハードからソフトに変換することが、まず一番の課題ではないでしょうか。女性の持っている感性を活かすも殺すも、男性の意識の持ち方次第です。

グラフ3
グラフ4

4.習慣からの脱却が一番の課題

 『あなたの役割・立場は何ですか?』の質問に対して、自分の顧客がいる、自分専用のブースがある、と答えた女性理容師が合わせて8割に対して、アシスタント的な立場と答えた女性は僅か2割でした。(グラフ4参照)では、大半の女性は前面で活躍していて、サロンのメインになっているとかと言うと、一概にそうは言えないのが現状です。自分専属の顧客は、幼児や限られた女性客で、薬液処理やシャンプー等、ご主人のサポートがメインで、サロンの売り上げの主力にはなっていない人が多いのです。夫婦で仕事をしているサロンでは、どうしてもカットやアイロン施術などのメインの仕事を旦那さんが担当して、シェービングやシャンプーといった、サポート的な仕事を奥さんが担当するのが習慣になっているので、奥さんメインの新たなメニューを導入する意識を持てないケースも少なくないと感じました。

5.女性客の獲得で業界は変わる

 『あなたの活躍でサロンは変わりましたか?』の質問に対して、増収・顧客増・雰囲気が変わったなど、7割以上が女性の活躍でサロンに良い結果がでたと回答しました。(グラフ5参照)この結果からも、サロンに女性の感性や活躍の場を取り入れることで、プラスの影響がでることは確実です。「女性客を新規に獲得することで、客単価が上がって増収した」「赤ちゃん筆が口コミで広がった」「サロンの雰囲気が明るくなり、心が和む」等、確かな効果を実感する意見も出ています。と言うことは、これまで男性客をメインにしてきた理容業界ですが、女性客の獲得に力を注ぐことで、この不況の嵐に歯止めをかけることができるのです。

6.シェービングは理容師の宝

 そこで必要とされるのが、私たち女性理容師です。シェービングは、理容の国家資格を持っている人にだけ許された技術です。そのシェービングに、様々なエステメニューをプラスすることで、女性客をターゲットにした新たなメニュー展開ができ、それはこれまでのオプションメニューと違い、アイロンパーマやヘアダイと肩を並べる、立派なサロンの看板メニューになるのです。シェービングは、努力次第でダイヤモンドのようにキラキラ光り輝く理容師の宝物です。この技術を原石のまま眠らせておくか、それとも光らせるかは、私たち女性理容師の努力次第です。

グラフ5
グラフ6

7.女性の意思をもっと尊重して

 『あなたの役割・立場は何ですか?』の質問に、アシスタント的な立場と答えた人たちに、『現状で満足していますか?』とたずねると、満足していると答えた人が半数近くいました。(グラフ6参照)その理由は様々ですが、「アシスタントとしての自分の役割は大きいと自負している」「主人をサポートするために結婚後に理容師になったから」「全部やる自信がないので、責任がないほうが良い」「女性は家事や育児、介護など仕事以外にもたくさん背負うものがあり、これ以上自分の仕事を増やしたくない」などの回答が目立ちました。必ずしもすべての女性が積極的に仕事に取り組むことが良いということもなく、アシスタントもまた立派にサロンを支える重要な役割で、自分の意思でアシスタントに徹している人はそれで良いと思います。
 でも現状に満足していないと答えた人たちは、「もっと勉強したい」「子育てが大変で仕事が覚えられない」「女性メニューを勉強して導入したいのに家族が反対する」など、自分の意思に反して、アシスタントの現状に甘んじているだけで、家族の協力さえ得られたら、サロンの売り上げアップに貢献するために学ぶ意欲を持っているのです。
 女性理容師の「学びたい」という意欲を潰してほしくはないのです。女性理容師の感性は時代が求めているのです。そして、そのニーズに応えるのは経営者の役目です。

8.各部の連携が必要不可欠

 アンケートの分析結果から、女性の感性を組織やサロンに活かすには、女性も自分自身に責任を持ち、きちんとした技術を身につけることはもちろんですが、自分がサロンの売り上げにどれだけ貢献しているか、正確な数字を把握し、内面・外面共に自分磨きを心がけることが大切だと感じました。
 仕事にだけ専念できる男性と違い、女性は仕事以外に、家事・育児・介護と、たくさんの用事を抱えています。青年部には、家事や育児の分担をして、奥さんが講習会や、組合行事に参加できるよう協力体制をとってくれるよう提案します。関東甲信越会議では、講習会場に保育施設を併設するよう動き出した組合もあるとの報告がありました。これが実現して、全国に広がってくれたら、もっと仕事を覚えたいと願う女性には、とても明るいニュースです。
 女性部の活動としては、講師会と連携して繰り返し学べる営業支援講習会の開催を提案します。単発的なセミナーや講習会に参加しただけでは、きちんとした技術の習得は難しいのが現状です。そこで講師会に協力して頂き、育児や介護をしながらでも無理のない日程で、同じ技術を繰り返し学び完全に習得するだけでなく、そのメニューをサロンでどのようにお客様に勧めたらよいのかなど、売り方やポップの勉強をセットにした講習会を開催し、そこでじっくり学ぶことで、自信が持て、サロンの看板メニューとして売り出せるはずです。
 これまでは、それぞれの部が自分の分野の仕事を、個々に一生懸命こなすことで、業界が成り立ってきました。しかしこれからは、自分の分野の仕事をこなす一方で、それぞれの部が横の繋がりを密にして、お互いに情報交換しながら、協力体制を取っていくことも必要です。このアンケートも青年部と女性部が合同で会議を行ってきたからこそ実現し、女性のおかれている実情や、女性の持っている可能性を共に議論してきたからこそ、冒頭のあの言葉が、ひとりのある青年部長から発せられたのです。

9.女性理容師の新たな発掘

 景気回復が厳しい現在、企業の求人は激減し、高校生・大学生が厳しい就職活動を強いられています。定職に就けない若者が溢れる中、理容業界は、理容学校への入学者が激減し、後継者育成が大きな問題となり、従業員の確保に苦労しているサロンがあるのです。私たちの業界も不況の影響を受け、売り上げが右肩下がりのサロンが多い中、発想の転換をして、従来のカットやアイロン技術などのハードに拘った経営から、エステシェービングやヘッドスパといった、癒しメインのソフトを前面に出した経営にチェンジして成功しているサロンもたくさんあります。これらのメニューの導入には、女性理容師はなくてはならないことは言うまでもありません。
 女性にとって理容業は、自分たちの努力次第では、まだたくさんの可能性を秘めた業種です。この不況の中でも、『この仕事に充実感を感じていますか』の質問に対して、6割以上の人が「はい」と答えています。(グラフ7参照)その理由として、「定年がなく幾つになっても仕事ができる」「自宅でできるので家事・育児・仕事の分配ができる」「お客様に、満足していただくことに喜びを感じる」など様々です。この厳しい時代に6割以上の人たちが、充実感を持って仕事ができる職業を、私はとても誇りに思います。ですから、女子高生や、就職難で定職に就けない若い女性たちに、これまでのハードなイメージと違った、ソフトメインの理容業界の魅力を体験してもらい、女性理容師はこれから大いに必要とされる、明るい未来を持った職業だということを知ってもらいたいのです。そのためには、教育部や講師会、青年部、女性部が協力しあって業界のPR活動をして、ひとりでも多くの女性理容師を育てていくことが大切です。女性のしなやかな感性は、組織にも必ずプラスになります。女性理容師の育成は業界の大きな課題です。

グラフ7

おわりに

 これまで漠然としていたものが、今回のアンケートできちんとした数字となって現れました。これは業界にとって貴重なデータになると自負しています。何よりアンケートを実施するきっかけが、男性から出た言葉ということに大きな意味があるのです。今回のアンケートの分析結果をきちんと受けとめ、男女共に協力してくことで、組織もサロンも変わっていくのではないでしょうか。男性の持つ知識と行動力、冷静な判断力、女性の持つ柔軟な発想や企画力、心配りなどが一緒になることで、大きな力となり、この危機的状況から脱却する道が開けると信じています。
 女性の感性が大きく花開く環境作りが、業界の明るい未来に繋がります。そしてそれを後押しする男性の優しさが、今何より必要とされています。

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