令和3年度業界振興論文・最優秀賞

 

ウェブ環境を活かした情報提供の実践
ー進歩と進化は違うものー

狐塚 均(埼玉県組合)

 

◇◇◇ 目  次 ◇◇◇

【はじめに】
 アフターコロナを見据えて

【本論】
 Ⅰ基本技術の重要性と伝達法
 Ⅱユーチューブの活用
 Ⅲホームページによる伝達

【おわりに】
 希望と共に

 

【はじめに】

 アフターコロナを見据えて

 新型コロナウイルスの蔓延(まんえん)は、社会の形を変え、人々の心をも大きく揺り動かした。様々な人が深く傷つき、絶望の極みを痛感した。理容店も多くのサロンが売上げを下げ、苦しい状況下を経た。
 そんな中、今世界はそこから前を向き、立ち上がろうとしている。元の平時に完全に戻るには時間も掛かるであろう。しかし人類は今日まで、どの様な危機でも必ず乗り越えようとする気概(きがい)を持って生きて来た。
 このように社会が変わる時は、その変化に対応しないと振り落とされることは必然である。もちろん変化する時だからこそ、変えるべきものだけではなく、変えてはいけないものもある。そこをしっかり見極めて、私たち理容師は一人ひとりの力と理容組合の組織力で、消費者から絶大な支持をされる理容業にしなくてはならない。
 その観点に立つと、対策は多岐に渡る。大局的には個々が得意とするものを出し合うことが大切である。その集合体で業界は発展する。そんな想いから私も、微力ながら何かをしたいと考え本論に結びついた。これは私自身がこれまで培(つちか)ってきた、理容の基本技術をサロンに於いて応用することの必要性と、ウェブを介した情報の伝達手段を述べるものである。そしてこの伝達の仕方はアフターコロナを見据えた、今後の理容業界の技術教育に革新的な変化を産み出すものと信じている。またそれは、業界を活性化させる一筋の道になるとも思っている。

 

【本論】

Ⅰ,基本技術の重要性と伝達法

 私が理容の修業をしたサロンは、基本技術の習得を思う存分学べるところであった。そして休日に通った技術研究会でも、同じように基本技術の追求と、それを元としたサロンでの応用法を、手取り足取りという状態で学ぶことが出来、理容師としての成長に大いに役立った。技術研究会へは現在でも所属し基本技術や、その応用の仕方など、更なる探求に日々を費やしている。
 基本というと初めに学ぶだけのもの、と思われがちだが実はそうではない。例えば理容師実技試験の課題は、ミディアムカットであるが、それは正に実技試験のためにあるわけではない。ミディアムカットの理論を深く学ぶことで、サロンでのあらゆるヘアカットの手法の元を得るものである。その想いから私は「基本技術の習得は、理容師にとって欠かせないものであり、基本を理解することこそ、スムーズな技術の向上に結びつくものである」と実感するに至った。
 今私は、これまで学んできた基本技術そのものと、その応用の仕方を“技術の向上を望む理容師”に伝えたいと思っている。そのことと結びついたのが、現代のウェブ環境である。ウェブを介した伝達手段は様々あるが、特に私はユーチューブを使った動画での情報提供に力を入れて来た。
 ユーチューブは今や老若(ろうにゃく)男女(なんにょ)、多くの人が使っている動画共有のプラットフォームと言われるものである。またユーチューブも年々進歩をしていて、視聴者が必要な情報を見つけ易いように工夫されている。ユーチューブを使うことは、基本技術を伝えるための一つの手法ではあるが、その活用は今の社会環境に適合した効果的な方法であると確信している。


Ⅱ,ユーチューブの活用

 実際に行っているユーチューブの活用というのは前述した通り、理容の基本技術のサロンでの応用法が主たるものである。その中で私が実践している、具体的な情報発信の方法を以下に示す。

1.通常の動画配信

 現在私はユーチューブ上にチャンネルを持ち、理容に関する教育動画などを600本以上アップしている。(資料1)配信した動画は自ら削除しない限り永遠に残るため、理容技術をまとめたものとしては、幅広く質の高いチャンネルであると自負している。またチャンネル登録者は、動画の性質上理美容師が殆(ほとん)どであるが順調に数も増え、現在約4000人弱になっている。そして内容について多くの視聴者からは、概(おおむ)ね好評を得ている。(資料2・動画メニューページ)

資料1

資料2

2.再生リストの作製

 アップしたものの中には、関連した複数の動画もある。関連動画は続けて見ることで、深さと幅も広がり内容が伝わり易くなる。そのため私は、ユーチューブの「再生リスト」という機能を使って繋がりを付けている。例えば、今の流行(はや)りのものであれば、フェードスタイルのアイロンパーマなどもリスト内にあり、実際高い閲覧数となっている。また視聴者からは必要に応じて、まとまった学びが出来て良いとの意見を多く聞くようになった。(資料3・再生リストメニューページ)

資料3

 

3.ライブ

 ユーチューブにはライブ配信の機能もある。これを使い私は、これまで定期的に生中継の配信も行っている。ライブは視聴者からの意見をその場で聞くことが出来、反応を確かめながら進められるのが特徴である。現実配信内容が伝わりにくいような時には、即時に質問が届くことがあり、その場で応えるようにしている。それは、ライブならではの伝達の効果性とも言える。またライブ動画は配信後も見られるため、その時都合が悪い場合でも、後で内容を確認することが出来る。

4.コメント欄での質疑応答

 ユーチューブにはライブだけではなく、全ての動画に視聴者がコメントを投稿出来るようになっている。コメント欄を活かすことは、視聴者が抱える技術的な問題点などを解決するのに実に優れている。実際に私のチャンネルには、動画に関連する質問などが多数寄せられるが、一つの動画を元として、それに関わる多くの疑問の解決に繋がるようになっている。そして私はそのコメントに対して速(すみ)やかに返信をしている。このような双方向での情報交換が瞬時に出来るのは、ウェブを活用することの利点そのものである。(資料4・コメント欄ページ)

資料4  

5.リクエストへの対応

 コメント欄の内容の中には、質問だけではなく、次の動画のリクエストなどを頂くこともある。視聴者がリクエストをするということは、そこに技術的な課題を解決しようとする意志の表れである。その要望に応えることは元々需要があってのことなので、その人に対しての伝達効果は抜群である。また一人の人の要求には、同じ個所に関心を抱く人が必ずいて、1回の発信で広く情報を行き渡らせることに繋がる。
 私は、このような意見を考慮しながら、常に視聴者に興味を持ってもらえるような動画創りに力を入れている。(資料5・実際のリクエスト)

 

資料5  

ホームページによる伝達

 ユーチューブを使っての動画配信の特長は前述した通りであるが、調べ物をする際など動画では中々自分の知りたい情報が速やかに見つからず、不便さを感じる時もある。私も様々なものを調べる時、動画から入手する場合と、逆にホームページのようなテキストから入る場合とがある。テキストで情報を入手するということは、動画に比べて欲している情報をピンポイントで探せるため、容易にその情報に行きつくことも出来る。
 そんなことから私は、ユーチューブだけではなく、所属する技術研究会などのホームページ内で、文章や写真及び図を使った基本技術の応用に関する情報発信を行っている。もちろん動画とテキストとどちらが良くて、どちらが悪いということではない。入手する側が状況により選択すれば良いことである。また両者の長所を合わせて、ホームページ上の文章の中に関連動画を貼り付けて、両方を併用した発信もしている。このようにすることで、視聴者が状況に応じた情報の選択をすることが出来るようになっている。(資料6・ホームページ内での掬い刈説明ページ)

   資料6

【おわりに】

希望と共に

 理容業界の教育は、これまで講師が出向いての講習会の形態が殆(ほとん)どであった。しかし今は新型コロナウイルスの影響で、それが出来なくなっている。いつかコロナも終息し、講習会を開ける時が来るとは思う。しかし社会全体に言えるが「元の状態と同じになることはない」というのが世間一般の見方である。
 アフターコロナは人々の考え方や、生活習慣を大きく変えていくことになるであろう。他人と会うことで、コミュニケーションが成り立ち、あらゆる伝達が今日まで出来ていた。それが教育や営業、はたまた人間関係など、今では直接会わないで、それらを成り立たせようとしている。もちろんそれは人間社会の理想な形ではない。人は直接会ってこそ、伝えられるものが多い。しかし世の中が変われば、それに合わせるより致し方ない。それは理容業界の技術教育にも当てはまる。よく「ウェブでは本当の技術は伝えられない」ということを聞く。全くその通りである。しかし現状を思えばウェブを活用するなどして、伝えられる方法を考えるべきではないだろうか。現実オンライン講習などのシステムも、理容業界で使われ出してきた。
 私のユーチューブチャンネルの中に業界人へのインタビューの動画がある。その中で私は、或る人から聞いた次の言葉が強く印象に残っている。「進歩と進化は違う。進歩は良くなることだが、進化は環境の変化に合わすことだ。だから進化は良い方向に進むとは限らない。しかし進化を拒めば、先が悪くなることは明白である。」
この言葉は私の人生観を変え、あらゆる場面での強い判断基準となった。故に理容の教育も社会環境に合わせ、進化していくことが生き残る道であると思っている。幸い理容組合には類(たぐい)まれな組織力がある。組合員一人ひとりに異なる能力がある。その力を出し合えば、時代に適合した業態を創ることが出来る。
 私たちは、先代から希望に包まれた“理容”という宝を受け継いだ。今この逆境の中で、その希望が揺らいでいる。失ってはならない。今を生きる理容師は、この宝を守り次の代に“希望と共に”伝えるべきではないだろうか。なぜなら「希望のない所に、明るい未来は存在しない」と心底思うからである。

 

 

審査講評
審査委員長  岩田三代(ジャーナリスト)

 IT時代と言われる今日、すでに多くの理容店でウェブ活用に取り組んでいるかもしれない。だが、この論文は実践に基づき非常に具体的で説得力がある。しかも業界全体の振興につながる内容だ。
 基本技術や新しい技術をどう伝えるかは、ベテラン理容師にとって大きな課題だろう。筆者は自分が磨いてきた技術をユーチューブ動画でおしげなく披露する。コメント欄で質問やリクエストも受け付ける。ホームページも活用し、文章や写真・図での情報発信も行っている。コロナ禍でリアルの研修会の開催がままならない中でも、基本技術の習得やブラッシュアップをしたいというニーズは大きいのだろう、ユーチューブのチャンネル登録者は4000人弱にのぼるそうだ。
 IT技術を無条件に礼賛するわけではなく、人と人がじかに会う大切さも認識している。そのうえで、コロナが収まっても全く元の世界に戻るのではなく、今起きている変化は続くと認識し、「希望と共に」進化していこうと訴えている。抑制の効いた結論も、論文に説得力を持たせている。


 

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