理容業における公衆衛生と感染症対策

「理容業における公衆衛生と感染症対策」
講師 渡邊 浩 
(長崎大学熱帯医学研究所感染症予防治療分野・医学博士・講師)
2004年8月

 全理連および理容総研では、国民生活に密着している理容業の原点ともいえる衛生思想の周知徹底について、公衆衛生の向上に資するうえからも最重要課題と位置づけ、理容師一人ひとりの責任における法定消毒の徹底を呼びかけているところであります。
  この度、感染症対策の第一線で活躍され、多大な功績を残されている渡邊浩先生(長崎大学熱帯医学研究所感染症予防治療分野・医学博士・講師)を講師としてお招きし、「理容業における公衆衛生と感染症対策」についてのセミナーを開催いたしました。さらに、海外における感染症対策の現状等の貴重な資料につきましてもご提供いただきましたので、ここに掲載いたします。

1.感染経路 と 2.予防対策
3.SARS(サーズ)について
4.消毒等について
5.疥癬(かいせん)について
6.血液感染について
7.エイズについて
8.消毒について
9.質疑応答

 

渡邊 浩

出身校 長崎大学医学部(1988年卒業)
略歴

1997年 長崎大学熱研内科助手
2000年 長崎大学熱研内科講師
2001年 米国留学アイオア大学微生物学教室に留学
2003年 長崎大学熱研内科講師に復職し現在に至る

海外活動

1998年 外務省巡回医師団東アフリカ(ザンビア、マラウィ、エチオピア、スーダン)チームに参加1997年~2001年 タイ国チェンマイ大学との共同研究(HIV患者に合併した呼吸器感染症についての研究)に従事2003年 WHO、SARS専門家チームに参加し、中国でのSARS感染対策に従事

資格等 医学博士、日本感染症学会評議員、日本化学療法学会評議員、日本呼吸器学会九州支部総会評議員、日本内科学会認定医/専門医、日本感染症学会専門医、日本呼吸器学会専門医、抗菌薬臨床試験指導者、インフェクションコントロールドクター
専門領域 耐性菌感染、院内感染、バイオフィルム

1. 感染経路
 我々が感染症を考える時にどういう経路で感染症がうつるかと、感染経路というのを一番大事に考えるわけです。
(1) 空気感染
  結核やはしかが属します。例えば患者が、せきをすれば5マイクロ以下の粒子が、しばらく空気の中で浮いて、それを吸い込むことによって感染する。せきをする人からうつっていく代表的なものです。
(2) 飛まつ感染
  空気感染に非常に似てるんですけども、これよりも少し粒子が多いというか、病原体の周りに水分が付いてきますので、せきをすると1、2メートルぐらいは飛ぶんですけど、落ちてしまう。空気感染みたいに、しばらくそこにさまよっているっていうことがありませんので、要は病気がある人の近くに行かないとうつらない。代表的な病気としては、例えば冬に毎年はやるインフルエンザであるとか、それから去年大流行しましたSARSも、この飛まつ感染のほうに属します。
(3) 接触感染
  人から人に触れることによって、うつっていく病気です。直接触れること、あるいは間接的に何か別のものを介して、何かに付いているもので、またうつっていくとか、触れることによってうつるものですけど、院内感染の代表的なもので、時々、新聞をにぎわせるようなMRSA、メチシリン耐性ブドウ球菌とか、SARSは飛まつ感染だけでなくて、この接触感染でもうつります。それから皮膚科疾患の疥癬(かいせん)ですね。
(4) 血液による感染
  血液を介する病気、理容業界だと、ひげをそったりすることがありますから、時にはやはり出血したりすることもあり得るでしょう。こういう汚染された血液で起こる病気っていうのは、エイズであるとか、B型肝炎であるとか、C型肝炎というものがあります。

2. 予防対策
  飛まつ感染に関していえば、一番大事なことはマスク。
  特にせきをしている方にマスクをしていただいた上で、その周りにいる方もマスクする。これが一番大事なところになります。
  接触感染は、やはり可能性があるような方に手袋をして、うつらないようにするということとか、それから速やかにそういう接触によって菌を受け取ったと思われるような時には、早めに手洗いをして、洗い流すっていうことが大事ですし、血液による感染症っていうのは、もうこれはとにかく早めに血液を除去するっていうことに尽きるというふうに思われると思います。

3. SARS(サーズ)について
 去年、SARSが新しい感染症として注目を浴びて、随分多くの方が感染いたしました。幸い、日本には入ってきませんでしたけど、この病気は飛まつ感染と接触感染、触ることによってうつることがある、そしてせきをすることによって、その周りの方にうつることがあるという病気です。
 SARSの影響度というのは、潜伏期間というのは大体2日間から10日間で、この時点では人にはうつらないわけです。初期症状は最初熱が出てくるわけですけども、この時点でも人にはうつらないわけです。ところが熱が出て、数日遅れて、せきとか、呼吸困難とか出てくるわけで、こうなると、ゴホンとせきをすると、先ほどの飛まつ、要するにウイルスが混じったつばが飛び散りますから、こうなってくると人にうつってしまうということになるわけです。
 SARSの臨床症状は38度以上の熱を伴う。それからのどが痛いとか鼻水が出るとか、当然、あとはせきが出てくる。たんが出るのは少ない。体がだるいとか筋肉痛。ここまではSARSもインフルエンザもどちらも症状だけでは、どっちか分からないということになるわけです。
 ですから冬場にインフルエンザがはやった時に、またSARSがはやるとどっちか分からなくなってパニックになるので、今年はインフルエンザのワクチンをちゃんと受けてくださいというような知らせが、国のほうから出てきております。
  注目すべきは下痢で、SARSの場合はもう今はっきり分かっていることですけども、せきが出る前に、非常にもう初期の段階から下痢をして、その下痢便の中にもウイルスが出ている。
  インフルエンザの症状が付かないような人で、せきをして熱が出るっていった場合には、この下痢があるかないかというところを、我々は注目して、診ていかなくてはいけないと。
       SARS隔離の村落
       SARSの治療の呼びかけポスター
トリアージ:災害発生時などに多数の傷病者が発生した場合に、傷病の緊急度や程度に応じ、適切な搬送・治療を行うこと

4. 消毒等について

 予防するために必要な感染予防は簡易式の帽子をかぶる、それからマスクですね、これは一番大事なもの。

  それから粘膜なんかに入ると、簡単に体に吸収されますから、目にはゴーグルを掛け、足にはシューズカバー、それから手袋、ガウンは要するに飛び散ったウイルスの周りには水分が付いてますから、水をはじくものじゃないといけないですね。水をはじくものじゃないと、そのままぺたっと中に残ってしまいますから、水をはじくガウンですね。 WHOはこういうものを推薦しておりました。

 消毒というのは滅菌と消毒というのがありまして、すべての生物を殺してしまうのを滅菌といいます。消毒というのは、あくまで病原微生物が発生するのを低下させるものであって、しかも消毒剤っていうのは品質が劣化すると、そこに菌は入れるわけです。

  ですから、まき散らかしてそのままの出たままにしておくと、例えばアルコールだったら揮発して抜けてくれば、そこの中に病原体が入るというわけですから、また床にはもういっぱい病原体が出るということなので、消毒剤を使う場合も、その後きれいにふき取っていく。つまり清掃ですね。

  消毒っていうのは清掃とか洗浄、こういったものをきちんとした上で、初めて意味があるものだから、まき散らかしにするなんてよくない。ただ消毒液だけまいていくのは、これは意味がないっていうことを強調して、指導していったわけであります。

  手洗いをして、ほこりの付いてたところは洗い流してしまうと、こういうことのほうがよほど重要です。だから、消毒じゃなくて、こういう場合は洗浄のほうが非常に大事だということですね。消毒液に対する過度な信頼というのは、非常にまた間違いの元になると。

  病院でもアルコールを消毒薬として使っておりますから、消毒薬、アルコールで、絶対そんなふうには菌が入らないんだっていうふうな錯覚を起こしている。

  例えばアルコール綿というのをよく使いますね、注射する時も、皮膚をふくのに使いますけど、あれのアルコールを変える回数が非常に多くなると、アルコール抜けますから、揮発して抜けてしまいますから、アルコール綿は乾燥し、そこの中で菌が増殖して、それを使って、例えば点滴をするところの元をふいて、わざわざばい菌を塗り付けて、その中に薬を入れて、そしてそのボトルの中で菌が増殖して、それを点滴して、それで血液の中にばい菌を送り込むというわけです。それで院内感染が起こったという事例もあります。

  ですから消毒薬に対する過度な信頼というのは、これは危険であるということが、WHOはもう非常に強調してまいりました。

5. 疥癬(かいせん)について
 次は接触感染で起こるもう一つの代表的な疥癬(かいせん)でただのじんましんじゃなくて、感染症によって起こっているものです。人にうつるんですね。
 ヒゼンダニというものが皮膚の中に入りまして、発疹が出る。非常にかゆいです。人の肌から肌へ、肌から肌へうつる接触性の伝染性の皮膚疾患です。
 ヒゼンダニは人から離れたら、簡単に死んでしまって、高温、乾燥には非常に弱いです。ヒゼンダニは人の皮膚に寄生する。卵も産み付けるんです。
 比較的皮膚の柔かいところに出てきますので、わきの下とか、おなかの辺りとか、太ももの辺りにぽつぽつ出てくる。
 しかし我々はまたよく見るのは、手の指と指の間。ここはやはり湿り気がありますので、乾燥したところに弱いわけですから、湿ったところがいいから、だからわきの下、それからこういうふうに指と指の間、湿ったところに落せつ、ぼろぼろ、こぼれるようなタイプの皮疹が出来てくるというのが特徴です。

 こういう症状がもしあると、そういう方々に直接触れた場合、例えば首のところにそういう発疹があって、直接触れれば、それで今度もらってしまう可能性があるということは、一応、念頭に入れられたほうがいいのではないかと思います。
 感染予防ですけど、もうこれは隔離するしかないのです。隔離して普通の人にとにかく触らないような状況にして、薬を使う。大体4週間ぐらい隔離して、その間に今は全身的に塗り薬が主体になっていますけども、最近、飲み薬で非常によく効く特効薬が出てまいりました。

6. 血液感染について

 ひげをそったりして、血液が出る。その血液に触ることによってうつる代表的なものは、この三つだと思います。

  B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、それからHIV、エイズの原因ウイルスですね。

  B型肝炎ウイルス、これ、どれぐらいその率が高いかっていうのですけども、B型肝炎ウイルスは20%から40%。

  針刺し事故、患者さんに注射をしたり、採血をしたりした血液を間違ってぶすっと刺してしまった時に、どれぐらい感染するかっていうリスクを表しているので、もし皆さんが血液が出た、それに触れたらこれぐらいうつるという意味では、必ずしもありませんけれども、感染の高さの度合いというのは、B型肝炎が最も高くて、その10分の1ぐらいがC型肝炎、さらにその10分の1ぐらいがエイズと。

 感染の度合いは、だからB型肝炎が一番うつしやすいし、うつりやすい。C型がその次、HIVは一番うつりにくいということになっていると思います。しかし僕たちがB型肝炎、実は一番針刺し事故、怖いわけで、なぜ怖いかというと、エイズはなってからうつったとしても、発症して命を落とすのに約10年間、平均すると10年間ぐらいかかりますが、B型肝炎というのは劇症肝炎というのを起こすことがありますので、そうすると現代の医学をもってしても、半分以上は亡くなります。半分以上が命を落とすことになります。

  時に医師や看護師が針刺しで命を落とすことが単発的にあるので、我々は最も注意してる病気です。ただしこれはワクチンで予防できますし、もしそういうことがあったとしても、免疫グロブリンというのを48時間以内に打てば回避できますので、エイズと違って、もしそういうことがあったとしても、間違ってそういう血液に触れたとかいうことがあったとしても、対応策はあるということになります。B型が、でも一番最もうつりやすい。

  C型肝炎、これは劇症化することはB型ほど多くはないんですけど、やがては慢性化して慢性肝炎、肝硬変、やがて肝臓がんになると。これもやはり10年ぐらいの経過で、そういうふうに進展していく。がんの原因になる。今、慢性肝炎、大体9割ぐらいを占めてます。それからエイズですね。一つひとつ話すと長くなりますから、ここはエイズに関して。

7. エイズについて
 一番感染性としては血液を介しては低いんではありますけども、治療法がない、ワクチンがないというような状況があるということで、HIVに関して話を進めたいと思います。
 HIVはHuman Immunodeficiency Virusで、エイズを起こす感染の全経過、もしくはエイズを起こすウイルスの名前を略して、HIVと言っております。
 エイズはAcquired Immune Deficiency Syndrome、後天性免疫不全症候群で、これは実際にウイルスが体の中に入って、いろんな日和見感染症、普通の人だったら病気にならない弱いばい菌でも、簡単に病気を起こしてしまう、そういうふうな症状が出るようになった時点、抗感染症を獲得して、だんだん免疫が落ちていって、いろんな病気を起こすような状況になった時の状態のことを、エイズといいます。
 感染経路と感染リスクですけれども、もともとエイズっていうのはそんなに感染性が高いものではありませんが、血液そのものを輸血して、日本でも輸血でうつった例があります。

 血液製剤。こういうもので、やはり直接血液の中にウイルスを入れられてしまえば、もう90%以上、この病気になってしまうと。高い確率でなってしまうんですけども、全HIV患者に占める割合は3%と低いものです。母から子、これは30%ぐらい。これも低い。

  性行為はこれでうつるリスクっていうのは、こういうものに比べると、ずっと低いんではありますけれども、全体的なエイズ患者に占める割合というのは、当然、こういったものよりも、性行為によってうつる数は圧倒的に多いですから、全体的には7、8割。ですから皆さまが血液に触れたからといって、そう簡単にうつりやすいものではない。
 もしHIVの血液が付いた時には、速やかにそれを除去するということです。洗って、手ぬぐいなんかでぬぐい去ってもいいですし、洗うということ。こういうことを行わないといけませんし、もしかなりの量の血液に触れた、もしくは触れたところが傷口があった、もしくは粘膜ですよね。例えば目に入ったとか、口の中に入ってしまった、こうなると速やかに吸収されるので、またちょっと別の対応をしないといけない。

  我々は針刺しをした時には、どういうふうに対応するかというと、もうエイズの特効薬、特効薬っていうと、ちょっと語弊があるかもしれませんけど、有効な治療法がありますので、それをとにかく1時間以内に飲むということが大事なんです。感染性は低いですけど、もうなったら一生ですから、治りませんので、1時間以内にその薬を飲んで、1カ月間飲むというのを、我々の対応策としています。

  だけど通常、ちょっと血液に触れたぐらいで、簡単にうつるものではありません。A型肝炎もC型肝炎もエイズでもそうです。ただ、B型肝炎はもうちょっと気を付けないといけないかもしれませんね。たくさん血を浴びたとか、もしくは浴びたところに傷口があったとか、目の中に入ったとか、こういうことがあれば、病院のほうに受診していただいてということになります。

  ただ、現実的にちょっと難しいなと思うのは、我々は針刺し事故をした時には、基本的に患者さんがそこにおられますので、患者さんの血液と自傷したほうの医師とか看護師、両方の血液を調べて、速やかにそのエイズの抗体がどうかとか、B型肝炎の抗体がどうかとか、C型肝炎の抗体がどうかっていうのを、ものの1時間ぐらいで判定をして、その結果を見て、例えばワクチンを打つとか、薬を飲むとかいうことができるんですけども、理髪業の方であると、ちょっとそういうようなことをすぐに対応することが、難しいんじゃないかというところが、やっぱり問題だと思います。

  まさかお客さんを連れて、病院に行って、一緒に検査するっていうのも、なかなか現実的ではないので、だから感染性はちょっと触れたぐらいでうつるものではないですから、そういう時はもうとにかく速やかにぬぐって、水洗いをして流す、こういうのを気を付けてもらって、目に入ったとか、大量の血液をもし浴びるようなことがあれば、病院に相談してということになります。

  手袋をしてひげをそるっていうことは、あまり自分も髪を切りに行って、そういったことをされるのはあまりないんですけども、もし血液が出た時に、そういうことが果たしてできるかどうか分かりませんが、それは検討していただければいいんじゃないかと。要は血が付いて、初めてこの病気はうつる可能性が出てくるというふうに認識していただければいいかと思います。そんなに感染性は高いものではありません。

  ただ、問題はきれいに取り去ってゼロにして、これで治りましたっていうものには、残念ながらすることはできない。ですから一生飲み続けないといけない。副作用も結構あるということが問題。
  それからいったんこういうふうに下がったけれども、やがて薬の効かないウイルスが増えてきて、耐性っていいますけど、また結局元に戻ってしまうと、こういうのが今、臨床では問題になっています。

8. 消毒について
   最後に、消毒の話に戻りますけれども、滅菌と消毒。滅菌というのは、すべての病原体、病気を持つ菌も病気を起こさないばい菌も問わず、すべての生物をなくしてしまうこと。

  一方、消毒は病原菌のみを殺す、もしくは感染性を落とすということなんです。ですから、滅菌であれば、完全にもうすべての微生物がいなくなってしまうんですけども、あくまで消毒というのは病原菌を一時的に落とすだけですから、この消毒というのは完全ではないということを頭に入れてもらってですね。

 2種類あります。熱、熱湯とかお湯とか、蒸気による消毒と、消毒剤による消毒。

  熱による消毒というのは消毒剤に比べると、消毒効果は確実なんです。確実で、しかも残留毒性がない。そして熱傷にさえ注意すれば、取り扱うものに対しても、無害という利点があると。

  こちらのほうが非常にいいわけです。しかしこれでもできないものがあります。大体、人体であるとか、環境であるとか、熱によって耐えられない器具には、もうできませんから、その場合には消毒剤による消毒をするということになります。

  誤った使い方をすると、効果が得られなかったり、取り扱いする者に有害な作用をする。これを頭に入れておかないといけません。

  とにかく強い消毒液を使えば、より安全だという考え方ではなくて、消毒液というのは、そのものの品質が本当に消毒に足るものであるかどうかという確認を定期的にしないと、消毒液の中に病原菌が存在したり増えたりすることは、時として消毒液の品質が劣化すればあり得るんだということを、常に念頭に置いておかないと、間違いが起こりますので、基本的に皮膚であるとか、例えばそこに病原体が付いたと思われるような時は、まずそれをぬぐう。

  つまり洗浄、そしてぬぐい取る、そして消毒液を使うということを念頭に置いて、人体に影響がないような生活をしていかないといけないというふうに考えております。

  そういう意味では、全理連の消毒マニュアルを見させていただきましたけど、洗浄して、消毒をして、洗って保管すると、こういうステップというのは、非常に利にかなった方法だというふうに、私は思いました。

 

9. 質疑応答

【A】  私たち理容師は、先生にご説明いただいたように、いろいろな皮膚に接触するので、それを通じて血液も接触する可能性があると。血液とか、感染の媒介になるというのと、感染者になってしまうというのがもう一つありまして、感染者にならなければ、感染の媒体にならないという考え方で、いかに我々自身がきちっと自分たちを守れるか、そのことがお客さまを守ることにつながるというふうに考えて、ずっとやっているわけです。

  今、幾つかありますけども、一つは皮膚の接触によるいろんな、新たなSARSも含めて、いろんなものが出てきていますね。今後、公衆衛生の観点から、新たな感染が生まれた場合に、我々が感染者にならないために、どういうふうに国が考えるか、あるいは業界的に考えたらいいか。一つは今、理容業界でいうと、手の洗い場がない業態というのが、生まれてきているわけなんです。業態によってはカットだけをやるから、手を洗わなくてもいいと。アルコールだけでふき取ればいいんだと、これで消毒してるんだと。

  アルコールに過度に期待しちゃいけないとおっしゃっていましたけれども、消毒の基本は手洗いだと、私たちは思っているわけです。洗浄だと。しかし今の業態を、一部の保健所等が認めているわけですよね。それを消毒として認めていて、そのことが果たして今後、起こり得るいろんな新しい形での媒介になり得る危険性を、本当に除去できるのかということを、すごく心配するのです。

【渡邊】  簡単に洗えて、しかも病原体を殺すっていう観点でいうと、むしろ今の忙しい人に時間かけて手を洗えっていうことよりも、もうきれいにアルコールで消毒したほうが、より効果的ではないかということで、2年前にガイドラインが変わったんです。

  ただ、アルコールの問題点というのは、これはやっぱり手洗いもそうですけど、ぱっと付けて、確かにアルコールが行き渡れば、そこに付いている病原体を即効的に殺すことができますけど、そのアルコールをうまく使って、手に隅々まで行き渡せることができるかどうかですね。


【渡邊】  アルコールは現実的に我々も頻繁に使いますと、やっぱりアルコール負けする人って非常に多いんで、そうすると原則的に皮膚に荒れが出ると、そこにばい菌は付きやすくなるということは分かってるんで、そういうふうになるのは好ましくないわけです。ですから、たとえアルコールで消毒しても、それでアルコール負けを起こすような状況になれば、かえってリスクは高まるわけですよね。

  だから、どれぐらい、例えば触れた時に、いろいろな方がおられますよね。割と清潔な方もおられれば、もうしばらくお風呂入ってないんじゃないかと思うような。だから触れた時にどれぐらいのものが付いたと予想されるかですね。そうすると、ちょっと汚いなというように思える時に、例えば手洗いをして洗っただけじゃなくて、その上にアルコールを追加する。これはいいんじゃないかと思うんですけど、すべてどんな状況でも、アルコールだけに頼る、しかも十分行き渡ってないんじゃないかとか、それからもしくはアルコールを何回も使っているうちに手が荒れて、かえって傷が付いてしまう。こうなると、かえって逆効果ですね。

  そういうデメリットっていうのは、当然、アルコールだけで消毒すると、出てくる可能性があるということになりますよね。

【A】  そうですね。やっぱり消毒の基本は洗浄、それにアルコールなり消毒薬っていうのが、接触性については、一番有効だと思うんですよね。

【渡邊】  そうですね。私もそう思います。ですからガイドラインの中にも、書いてあるんですけども、より汚染性の高いと思われるのに触れた場合には、まずとにかくよく洗った上で、アルコールを付けるということが書かれてあります。


【A】  あと、歯科医のレベルの消毒っていうのは、非常に高いだろうと、我々はそれに向かって器具の消毒とか、そういうのを研究してるんですけども、実際にアルコールでやればいいんだということではなくて、もっと高いレベルの消毒が、私たちは考えるべきじゃないかなと思う。

【渡邊】  どうしても我々の領域っていうのは、針を刺したり採血をして、要するに血を浴びたり、押し込んだりするリスクが高い。歯科もそうですよね。抜歯すれば、当然、出血するわけですから。そういう行為をする時に使う器具、我々でいえばカメラと内視鏡とかなりますけど、必ず出血するようなものに、そういう器具を使う場合には、ウイルスであっても殺せるようなもので洗浄をして、その後、消毒すると。

  洗浄して、そして強い消毒液を使って、また洗浄するということをやりますけども、理髪業の中で、例えば血液が付いても、血液が付いたもので、また別の方にそれを使うなんていうことはあり得ない。ですから決して血液が付着したもので、また別の人に使うという行為がないんであれば。

【A】  アルコールでふいてもオーケーなんですね。

【渡邊】  ふき取るということが、まずオーケーですよね。効かないというのは、全く効果がないという意味ではなくて、完全に殺してしまうことができない、つまり量を減らすことは十分できることなので、一人の方に使って、例えば血液が付いたら、ちゃんとアルコールでよくふき取って、そして洗い流して、その日は使わないで、乾燥した状態に置いておく。

  ウイルスなんていうのは、乾燥した状態にしておけば、SARSなんか結構乾燥した面でも、割としつこくて2日ぐらい生きているというような報告がされましたけど、多くのウイルスは数時間です。ですから、その日、そういう時は使わないで、乾燥した状態で消毒した上で置いておくというふうにすれば、いいんじゃないかと思います。

  だから僕の個人的な意見としては、消毒剤をより強いものに上げていこうってすると、人体毒性もそれにつられて上がっていくわけですから、血液の付いたもので、要するに血の出るような行為っていうのは、例えばひげそりで血が付いて、かみそりをまた別の人に使うっていうことがないんであれば、消毒薬をもっと強いものを使うっていうことは、する必要はないんじゃないかというふうに、個人的には思います。

【A】  まず流して、アルコールでやるという。

【渡邊】  ふき取って、流して、消毒して、また洗浄する。


【A】  タオルもやっぱり、そういう、塩素系のものでちょっと洗浄を。

【渡邊】  タオルは、でも蒸気ですよね。ウイルスはこれもSARSウイルスの時に、55度で15分蒸す。ほかのウイルスも、大体、50~60度あれば、15分ぐらいで死滅してしまいますから、もちろん量にもよりますけれども。理容店では80度で20分ぐらいはされてるということですので、温度の間違いとかなくて、それぐらいされてれば、十分どんな病原体でも殺せるんじゃないかと思います。

【A】  蒸気でも大丈夫なんですか。

【渡邊】  蒸気で殺すことはできると思います。


【A】  ホームレスの方が来る可能性もあります。そういう人が果たしてアルコールの液体でふいただけで、本当に取れるんでしょうか。

【渡邊】  いや、不十分だと思います、それは。やはり多くの汚れが付いた場合には、多分、これもアメリカ疾病予防局(CDC)が出したガイドラインでアルコールでもいいというふうに言われてるんでしょうけど、大きな汚れがあった場合には、水でちゃんと洗って、除去した上でじゃないと、効果が得られませんから、それは不十分ですよね。そういう設備を持たないというのは、不十分だと思います。

【A】  流水装置がない、つまり洗い場がないところの業態というのに対して、我々が一番心配しているのは公衆衛生的な角度から、果たして消費者にとっていいのかなと。

【渡邊】  よくないことですよね。


【B】  昭和52年資料にエタノールはHIVには有効であるけども、B型肝炎ウイルスの消毒には適切でないとあるのですが。

【渡邊】  いや、エタノールは必ずしも有効とは言えないということですよね。ただし、あのウイルスを殺す程度のものになると、人体にも毒性が出て、強くなってくるっていうことがありますから、人体に使うものとして、じゃ、何を使うのかって言われると、ちょっとまたこれは別なんですよ。あくまで器具の問題ですね。

【A】  特にはまず、きれいに水で洗い流すということが、一番の有効な。流水で洗うというのが先ですよね、まず。

【渡邊】  そうです。私たちも一時、院内感染が起こった時に、できるだけ強い消毒薬を使うべきだっていう、そういう論調にはまったことがあるんですけど、いくら強いものを使っても、人はどんどん出たり入ったりする以上、いくらそこを全部無菌な状態にしても、また菌は出てくるわけですよね。ですから強いものを時々使うというよりも、こまめにきちんと清掃して、つまり床であれば、きちっと強い消毒液をまき散らかすんじゃなくて、よくふき取る清掃をやる、それから内視鏡なんか器具を洗浄する時も、強い消毒液を使って、これで大丈夫だって思うと、ある時検査をしていると、結核菌が患者さんから出て、また別の人を検査すると、また出て、ああ、珍しいなと思って、やるとまた出て、どういうことだと思ったら、内視鏡の洗浄液、結核菌が入るはずのない洗浄液の中に、菌がいっぱい出ていたと、こういうのが問題になったことがあります。

  過度な信頼はそういう間違いの元になるわけで、やはり今はそういう器具の消毒をする場合も、強いものを使うというよりも、とにかく洗浄することが一番大事だっていうふうな考え方に変わってきています、我々の業界も。

【A】  洗浄はいかに大事かというところでは、流水設備は不可欠であると。

【渡邊】  ということになります。

【渡邊】  消毒は必ず洗浄と組み合わせてやらないといけない。そういう意味では、この全理連のパンフレットは非常によくできていると思います。消毒、洗浄と。


【B】  もう一つお聞きしたいのですけど、先生、いつもタイであるとか、東南アジアの関係も、そういうような国の状況をご覧になっておられると思うのですけど、日本の国としてはこういう形で、国家が絡んで法的にも取り入れ、きちっと衛生と消毒、あるいは、きちっとこういう職業まで全部、そういう指導があったりするんです。ところがアジア諸国、他の諸国の現状というのは、果たしてどんな感じなんでしょうか。

  例えば飲食業であるとか、こういう理容業、美容業、いろいろありますけども、そういったことまで、そういう見地から政府がきちんと指導しているような状況はあるんでしょうか。

【渡邊】  細かいことは、僕はよく分かりませんので、日本みたいに非常にきめ細かいというか、細かいことを言うところは、本当は見たことがないというぐらい。だからどこに行っても非常に一見ルーズだなと思われることが、どこの国に行ってもありますけど、今は、やっぱり日本は厳しすぎる、すべての分野において厳しすぎるなっていうふうに感じているので。

【A】  SARSもそうですけど、地球規模で今、人間が動いていますから、消毒についても、かなり国際レベルの水準を上げざるを得ないんではないかと、そういう啓もう活動をしていくべきだと思うんですね。その場合に、例えば我々の理容業においても、人と接触する場面が多いと、血液がかかることも少なくない。こうなった場合に、今の日本の水準を世界に求めるっていう啓もう活動を日本がするのですね。理容業もそうなんですけども、いろんな業種でやっていくべきじゃないかと、国際的に。

【渡邊】 そうでしょうね。

【A】  日本の場合は理容が国家資格になっていますよね。それだけの勉強もしているし、消毒についての知識があって、それを実現していると。そういった要件を、例えば我々の業種だけじゃないかもしれませんけど、世界各地にそういった要件を備えることを提案すると。

【渡邊】  提案っていうか、例えば学会に参加するっていうのも、一つの方法じゃないですかね。こういう消毒関係で、日本環境感染学会って、こういうところはいろんな職種の、医師だけじゃなくて、臨床検査をする方とか、いろんな職種の方、消毒に関係するような方が、こういったところに入られてもいいし、新たに学会を立ち上げてもいいのかもしれませんけど。

【A】  なるほど。


 

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