明治天皇ご断髪~民衆の髷への執着が薄れる~

 

明治6年3月20日には、明治天皇がご断髪されました。この日、いつものように奇麗に御髪を結い上げて御学問所に出御された天皇が、そのお還りにはすっかり散髪なさっていたので、女官たちが大いに驚いたと伝えられています。
この天皇のご断髪が『新聞雑誌』に報道され、それが民衆の髷への執着を薄れさせることに大きく貢献しました。
明治7年6月の『東京開化繁昌誌』に「天皇すでに髪を断ちたまえば、率土(地の果て)の浜に至るまで、これを断ぜざるなし、いわんや大臣大将以下百官をや。その他、士となく農となく商となく工となく、みな断ぜざるはなし。」と、その効果がいかに大きかったかを述べています。
この時、明治天皇の断髪は、理髪師、河名浪吉の手で行われましたが、河名が行ったのはこの時一度だけで、その後、天皇の理髪は侍従の役目として続きました。以降、天皇の理髪が民間の理髪師に委ねられたのは、昭和天皇が皇太子のときに御調髪を仰せつかり「天皇の理髪師」となった大場秀吉でした。
余談になりますが、断髪令に溯ること1180年の天武11年(683)には、「自今、男も女もことごとく髪を結うべし」という『結髪令』が出されています。


 

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