平成30年度業界振興論文・優秀賞

亡き夫の店を息子と共に生きる

―めざすは、サロンと訪問理容の発展―

原田 朝代(兵庫県組合)

 

目 次

1. はじめに
2. 主人と一緒に癌と戦う日々
3. 店主としての悪戦苦闘の日々
4. やっと一人前に…?
5. 息子と共に
6. 訪問理容への取り組み
7. 私が目指す理容師
8. おわりに

 

一 はじめに

 主人を亡くして、この九月で丸三年になります。五十八歳という若さでした。突然の腹痛に病院を受診し、検査結果は、まさかの末期癌でした。それも余命四ヵ月と宣告されました。
 私は、あの時の主人の気持ち、癌と戦う姿、辛さ、無念さ、苦しさ、そして仕事に対する不安を経験することになるとは、思いもしませんでした。でも、今こうやって乗り越えられたのは、私に理容師という仕事があったからだと思います。

二 主人と一緒に癌と戦う日々

 主人は、まだする事がある。したい事があると抗癌剤治療を選び、一日でも長く生きる道を選択しました。副作用と戦いながら入退院を繰り返し、仕事も一生懸命してくれました。入院中もお客さまのカットの件で、電話でアドバイスしてもらいました。自分に出来る事を探していたのだと思います。段々と弱っていく中でも、いつも店のことを気使っていました。初めは癌であることを隠していましたが、入退院を繰り返すようになり、隠していくことが難しくなったのか、お客さまに自分が癌である事を隠さない様になりました。お客さまの方が驚いて「マスター大丈夫?」と声をかけてもらっていました。主人は「大丈夫ですよ。」と明るく言っていたのを思い出します。私は、顔そりが専門だったので、カットの技術に関しては半人前でした。女性スタッフが一人いるので助かりましたが、私はその日から主人の特訓を受けることになりました。当初は余命を宣告されても、私の目の前にいる主人は、元気に見えました。病気が治るのではないか?奇跡が起こるのではないか?という思いがあり、カット技術を真剣に教えてくれる主人に対して、素直になれずにいました。でも、こんなこともありました。病院の食堂で知り合いの頭を借りて、スポーツ刈りを想定した、くしとハサミの持ち方を教えてもらい、その主人の動作を動画に撮り何回もみて覚えました。ある時、お客さまから主人宛に手紙をもらいました。「マスターのカットは今まで知っている中で一番丁寧です。早く病気を治してマスターにカットしてもらえる日を待っています。」と暖かい内容の手紙でした。主人も私も心から嬉しいと思いました。しかし、そのお客さまが主人にカットしてもらうことは叶いませんでした。今は私がカットさせてもらっています。ときどき、主人の話をしながら…。

三 店主としての悪戦苦闘の日々

 主人が亡くなり、私は生活の為に頑張るしかありませんでした。主人の両親と同居して三十数年になります。結婚した当初は、主人の両親と共に四人で仕事をしており、下町のアットホームな店として、お客さまに助けられて来ました。主人の父は九十歳まで現役でした。今は引退していますが、カットや理容に関する話を楽しそうに話します。時々アドバイスもしてくれます。私は、主人の代わりに、経営からすべて一人でする事になりました。毎日が目まぐるしく、悲しんでばかりいられません。カット技術の習得に関しては、逃れる訳にもいかず、冷や汗をどれだけ流したことでしょう。今となって思うことは、流した汗の量だけ上手になるということです。そして今、痛切に思うことは、もっと主人に教えてもらうべきであったと、自分を悔やんで反省していることです。仕事をしながら、主人の言葉が鮮明に聞こえて来ます。例えば、耳を傷つけない為のくしとハサミの持ち方、基本中の基本かもしれませんが、何回も気をつけるように言っていました。お客さまの立場に立って考える事、納得いってもらえるまで聞き上手になる事等です。初心を忘れないでという願いもあったのでしょうか?不思議なもので、あの時の言葉の意味がやっと、今理解出来るようになりました。

四 やっと一人前に…?

 最近お客さまから「上手になったね。」とか「ハサミの音がなめらかになったね。」と言われることがあります。鏡を見せても何も言われなくなった時、私は、やっと満足してもらえるまでに成長したのだなと思えた瞬間でした。以前の私は、お客さまに鏡を見せるときドキドキしていました。何か言われるのではないか?と聞くのも恐れて、逃げ出したいと思う日々が続いていました。でも今の私は、「いつものようにしますね。」や「こういう風にした方が似合いますよ。」とアドバイスが出来るようになりました。ここまで出来るようになったのは、亡き主人の為、時分の為に頑張ってきたからだと思います。そして何よりもお客さまが、私たちを必要としてくれたからです。これだけは、忘れてはいけないと心から思います。

五 息子と共に

 今年の四月から息子と一緒に仕事をしています。あの時、社会人三年目の息子は、主人の病気の事で迷い悩み、出した答えが家業を継ぐということでした。私たちは、「子供は自分の進む道を。」という考えでした。心の中では、継いでくれたらという思いもすくなからずありましたが、本人の意思に任せていました。主人の病気が皮肉にもきっかけとなり、理容師を目指して修業することになりました。主人は心の中で喜んでいたに違いありません。無事、理容師免許も取得し帰って来ました。お客さまは、「良かったね。これで楽出来るね。」と言われますが、私は内心不安だらけでした。息子と仕事を一緒にするのは、初めてであり、うまくやっていける自信も持てずにいました。しかし、それは杞憂に終わりました。たくましく、頼りがいのある息子に成長していました。主人は、私の知らないところで、みんなの事を頼んだぞと息子に言っていたようです。それは、とても辛い事だと思います。本来自分が最後まで見守りたかった両親、夫としての役割、親として子供の成長を見ることが出来ず、無念だったと思います。今の息子を見たら、一緒に同じ目標に向かって歩んで行きたいと思っていることでしょう。

六 訪問理容への取り組み

 息子からホームページを作りたいと、相談を受けました。今思えば、そこから私たちの目標が出来たように思います。これから先、もっと高齢化の社会になります。実際に義母も認知症で施設に入所しています。
 ある時、電話で訪問理容の問い合わせがありました。喜んでお受けしました。ある程度の状況は聞いていましたが、ほとんど寝たきり方を見て、正直大変だと思いました。その時は、汗だくになりながら、カットとお顔そりをさせてもらいました。このような方に施術をするのは、とても大変であると感じました。しかし訪問理容後に感じたあの達成感、今回初めてでしたが、また次も伺えたらいいなと思いました。そのお客さまは、カットも半年近くしていない、ひげも伸びたままでした。どこかに出掛ける訳でもないそうですが、本人も家族も私たち理容師の技術を求めてくれています。無償ではなく、ちゃんとお金をもらい技術を提供する。当たり前の事をして感謝してもらえる仕事です。私はこの仕事を続けていて良かったと思います。あれからまた二回目の訪問をする事が出来ました。私は、本当にうれしく思いました。そして利用者さまが寝たきりでも、元気で良かったと心から思えました。それからも数件の問い合わせがあり、訪問理容させて頂きました。ある七十代の女性の家族からの問い合わせは、「お顔も剃ってもらえるのでしょうか?」と言われたので、「はい。大丈夫ですよ。」と答えました。「お顔剃ってもらうのは何十年ぶりかしら?」と、大変喜ばれました。施術後私から見ても一皮むけた様な肌に生まれ変わっていました。私は、「お顔そりだけでも伺いますよ。」と声を掛けて帰りました。
 これまでに何件か伺わせてもらい、感じる事、これから私たちに出来る事を考えて行きたいと思います。現在進行中ですが、高齢者施設・介護施設に配布するパンフレットを作成しています。お客さまの中に、施設に従事している方がいますので、協力をお願いしています。ホームページを見て問い合わせてくることもあるので、わかりやすく伝わりやすくすることを意識しています。高齢者の方が頼る人は、施設関係者の方が多いようです。私は、訪問理容の仕事をするようになって、考えが変わりました。はっきり言ってもう今更しても遅いのではないか。すでに訪問理容で自宅や施設に行っている話を聞いていました。そのような中で、私の店に申込みがあるわけないと思っていました。しかし、お客さまの自宅を回って話をしているうちに、安心して信頼してもらえる店の情報があまりにも少ないのではと思うようになりました。施術する大変さより、喜んで感動される方が大きいと感じ、これからもっと多くの人に喜びを与えられる、地域密着型の理容室を目指したいと思います。

七 私が目指す理容師

 今の私があるのは、主人の仕事に対する心構えやこだわり、納得いくまでとことんやる。そんな主人の背中を見てきたから、今の私があるのだと思います。主人は、生前「いつも店の片隅から見守っているから。」と言っていたのを思い出し、この理容師というやりがいのある仕事を、頑張っていきます。同じ目標に向かって進む道を、息子と共に歩きます。最後に人生というもののはかなさ、残された人間の弱さや強さ、絶対ということがない人生。人の死によって変わる人生。私は残された理容師という道に感謝してたくさんの人と共に喜びを分かち合いたいと思います。生活の為に理容師という仕事を続けて来ました。しかし、頑張る力を、お客さまからもらえたことに気づきました。今の時代、代々続いている理容室がどれくらいあるでしょうか。私の周りを見ても、後継ぎのいない同業者の方が多いように思います。もし、私にも後継ぎがいなかったら、これからの理容業界の発展や訪問理容に関心がもてたでしょうか?そう考えるとこれが私に与えられた人生だと思います。
 お客さまを通じて思うことがあります。男性の方に関してですが、カットやカラーの施術中に、お喋りするお客さまが多いと思います。家族の事、仕事の事、病気の事、時には独身の方で彼女の気持ちを同性ということで聞いてきます。私は、私の思う気持ちや考えを正直に伝えます。そこには、お互いの信頼関係があるから成り立っているのだと思います。理容師という職業からお客さまとの繋がりが出来、サロンという場所にも関わらず、一つの空間が明るく変化していくことがあります。私も、泣きそうに苦しいとき励まされました。技術に関しては、これからも腕を磨き、お客さまに大事にしてもらえる理容師を目指します。いつまでも必要とされる理容師でありたいと思います。

八 おわりに

 私のように夫婦で理容室を営んでいて、何らかの事情で一人になり、いろいろな思いの中、仕事をしている方も多いのではないでしょうか。私は、今こうして希望が持てる人生を歩み始めました。お客さまに必要とされる間は、あきらめず、亡き主人と共に息子と頑張りたいと考えています。

Translate »
ツールバーへスキップ