平成21年度業界振興論文・優秀賞

今、女性理容師としてできること小さな店の大きなきっかけ
「女性のお顔そり」

高宮聡子(山形県組合)

 

はじめに

   これからの理容業において、女性理容師の活躍が発展のカギを握っていることはすでに業界の共通認識です。女性の美と癒しへの要求が高まっている現在、理容室ならではの技術である「お顔そり」を初めとした快感メニューの充実と向上、またそれらを消費者に広く認知して習慣化して頂くために女性の能力と感性が今以上に必要だからです。
 また理容師としてだけでなく一人の女性として人間として豊かな人生を歩んでいくことは、お客様を理解するためにも今後この業界を目指す人材を確保する上でも大切なことだと思います。これにも更なる個々の努力と同時に、女性に温かく紳士的な業界作りが求められると思います。
   しかし現在ヘア産業の多様化や世界的経済危機、少子高齢化など厳しい現実が取り巻く中で、私達は自信と希望を見失しなった状態に陥っているように感じます。逆境の今だからこそ、女性だからこそ何かができるはずです。順境な時には気付きにくい本質を確認し、足元を踏み固め、志し新たに一歩を踏み出す転換期が今ではないでしょうか。
   この仕事に就いて二十余年、父の経営する地方の小さな店で働き始めて十五年あまり、何処にでもいる一理容師としての私の今までと「女性のお顔そり」を通して経験したことを振り返り、今後私達が社会や地域の中でどうあるべきか、どう生き残るかを考察していきたいと思います。

1、「女性のお顔そり」に取り組むまで

 実家である地方の小さな店が女性技術者だけになったのは今から約十年前、父が病気で引退した時からです。二児の母でもある妹は離婚を機に理容師を目指し始めたばかり、母は父のサポートが主だったのでカットができない、さらに私は父世代のお客様は父任せだった上に第二子妊娠中。出来ないことも多い二人プラス妊婦というなんとも頼りない状態になりました。さらに出産や育児などで店を離れなくてはならない不安、男性ならば働き盛りなのに女性は足踏み、私の心の中は焦りや敗北感、疎外感でいっぱいでした。
   しかしこれらのピンチやリスクのあることが逆に真摯に問題と向き合うきっかけになりました。お客様にご迷惑やご心配をかけないように、こんな私達でも出来ることは何か、この店の魅力は何か。「ピンチはチャンス」とはよく言われますが決してチャンスは何処にでも転がっているものではなく必死に探すもの、言い換えるなら「ピンチはチャンスを探すチャンス」ではないでしょうか。リスク=障害もまた個性であり、店の方向性やコンセプトを絞るための大切な判断材料になってくれるものだと思います。
   そんな女性だけの理容室という私達の個性と能力を「女性のお顔そり」なら生かせるかもしれない、本格的にやってみよう。それに気付くことが出来たのは間違いなくピンチやリスクのお陰です。

2、技術以外のトレーニングの大切さ

   それまでお顔そりに来て下さる女性といえば、年配の方やお出かけ前の身だしなみの方が主でした。もっと多くの方にご来店頂きたい、知って頂きたいと思ってもどうしたら良いのか分からない状態でした。その後間もなく参加した勉強会で、私だけでなく実に多くの同業者が同じように悩んでいることに驚かされました。
   勉強会は『小さな目標』と『行動計画』を立てて『問題点を改善』していく、その繰り返しに終始しました。その様な機会の少なさと疎かにしていることが、業界の大多数を占める我々小さな家族経営の店が抱える弱点であり、惰性の元凶ではないでしょうか?
   接客、サービス、カウンセリング、広告、メニュー開発などサロンワークの中で柔軟に臨機応変に対応しなければならないことすべてにおいて、繰り返しトレーニングが足りないのです。それは回数を重ねれば誰にでも出来ることなのに、実際何度もくり返し失敗を含めて経験しなければ身にも付かなければ、改善すべき課題も見つからないのに、私達は知識=知っているという段階で終わっていることが多いと思います。
   カットもシャンプーも技術は何度も繰り返し練習して習得したはずです。技術以外のことも同じかそれ以上に繰り返すこと、そしてその経験の中で改善点を見つけることが大切だと思います。

3、オンリーワンの模索

   女性技術者だけの店が提供する「女性のお顔そり」確かにそれは私達の個性であり差別化の大切な要素です。しかし国道近くの住宅街にある当店から車で五分圏内には現在、低価格のチェーン店、カット専門店、大型美容室、既存の理美容室が数え切れない程あります。個性だけでは弱い、もう一歩自信を持って前に出るには強烈な個性「オンリーワン」が必要に思いました。
 他の店では絶対まね出来ないこの店だけの何かとは?私のそれは棚の奥で忘れかけていた本レーザーでした。研ぎ直して使ってみたところ肌触りの優しさに驚かされ、これなら今非常に多い敏感肌でお悩みのお客様にも喜んで頂けると確信しました。もちろんもっと良い道具も他にあるのでしょうが、手入れも大変で、本体そのものも希少なことから「本レーザーによる肌に優しいお顔そり」は当店だけのオンリーワンに出来ると思いました。
 組合の用事などで、ご近所のお店にお邪魔すると、長く営業されている店にはオンリーワンが必ずあることに気付きます。80歳を超えてもなおキチンと整えられた店内で、柔和な笑顔で迎えて下さるご主人のお店、開店前に練習を兼ねて顔のマッサージをし合っている初老のご夫婦のお店、私にはとても真似できないすばらしい先輩理容師の姿です。
 オンリーワンは必ず足元にあるはずです。欠点だと思って隠しているかもしれないし、時代遅れなことかもしれません。しかしそれに気付いて引き出すことが出来たなら、一歩前に踏み出す強い自信になるはずです。

4、PRの意義と義務

 オンリーワンに背中を押され、タウン誌、自作パンフレット、ホームページで「女性のお顔そり」の積極的なPRを始めました。
   「どこで剃ってくれるの」「どんな人がやってくれるの」「お化粧直しは?」など広告を見て来て下さるお客様のほとんどが、来店前に抱いていた疑問や、不安に思っていたことを打ち明けてくれます。そして「広告を見るたび来たかったけどやっと実現した」とも言ってくれます。
   広告はただ新規のお客様を来店に導くためだけの物でしょうか。まだご来店には至らないけれど興味がありいつか来たいと思っている潜在的なお客様の不安や疑問に、分かりやすい言葉で答え少しずつ気持ちを和らげる、根気よく情報を刷り込んで存在そのものを広く認知して頂く、それこそが大切ではないでしょうか。また広告の反響からは、消費者のニーズが何処にあるのか、分かりやすく伝わっているかをうかがい知ることが出来ます。だとすれば広告はサービスを提供する側の最低の義務とも言えると思います。
   タウン誌などへの掲載について、私の所属する組合支部では好意的ですが、残念ながら地域によっては未だ苦言を呈す組合役員もいるようです。若いやる気のあるサロンが組合に入らない原因の一つにならないよう、組織の大きな損失にならないよう意識改革と、今以上に個々の地道なPR活動、組織を挙げての大規模なメディア戦略が求められると思います。

5、男性への配慮と女性への共感

 当店でのお客様の女性比率が四割に近づくと、店内がお客様も含めて全員女性になることも増えてきました。そこへ男性のお客様がご来店すると、大抵の方は一瞬戸惑いの表情を浮かべます。間仕切りカーテンなどで対応していたブライダルメニューにも限界を感じ二年前「女性のお顔そり専用の個室」を設けました。
 男女が同じ空間にいた場合、どちらが気を使うかといえばそれは男性の方ではないでしょうか?女性技術者だけの当店に来てくださる男性はどなたも優しい方ばかりで、女性のお客様にはもちろん店の者にさえも紳士的です。だからこそ、なお一層配慮が必要なのです。女性専用の個室を設けた一番の理由は、「理容室はまず男性がくつろげる場所」であり窮屈な思いはさせられないからです。
 同時に女性に対しては共感し「そうですよね」と心から寄り添うことが大切だと思います。そのためにも多くの女性と同じような経験を通して、価値観を共有する必要があると思います。育児もその一つで育自ともいわれる程、様々な経験も出来れば話題にもなります。他にも趣味やグルメ、ファッションなど自分の楽しみがお客様を理解することにつながるなんてありがたいことです。
   組合活動においても男性への配慮と女性への共感は大切です。よく役員や講師の方に唐突に女性の意見を求められて困る時があります。共感してくれる姿勢を感じないと話しにくいのです。むしろ気楽な意見交換、例えば講習後に講師役員を交えての会食などの方が女性は話しやすいと思います。
   同時に現代の男性理容師の方々がサロンでも社会においても、ますます紳士的な対応を求められ、聞き役に徹し、油断するとすぐセクハラなどと言われてしまうご苦労にも私たちは配慮しなければなりません。

6、地域社会における理容の役割と公益性

   女性理容師も含めた理容が担う、社会の中での役割についても考えたいと思います。
   ネット販売や大型店が増え一言の会話もなく物が買える、人との関わりが希薄な現代の消費生活。そんな時代になっても理容室は人と人とが心を通わせなければ、サービスを受けることも提供することも出来ない貴重な仕事です。若い世代の方などはむしろその温かさを新鮮に感じて頂けるかもしれません。
   だからこそ社会の一員であるという責任と同時に潤いや温もり、明るさを地域に与える存在であるよう「元気な床屋のオバチャン」として、微力ながら地域を弾力的に支え見守る気概を忘れてはならないと思います。
   それは「売り手よし、買い手よし、世間良し、即ち三方よし」という近江商人の昔からの経営理念にもあるよう、感謝の気持ちを忘れず、むやみに利益をむさぼらず、お客様に喜んで頂けるよう、社会の一員として地域に貢献できるよう精一杯尽くすという商売の原点に戻ること、即ち「公益の志」を持つことでもあると思います。それがこれからの私達があるべき姿ではないでしょうか。
   低価格チェーン店や、カット専門店のように大量生産型の理容室には決して真似できないのが、一人一人のお客様との心のふれあいと、心も爽やかに快い気持ちになって頂くこと=心の衛生にも役立つことだと思います。

7、女性理容師と次世代の理容師に向けて

   女性ばかりの店になって間もなく生まれた長男は、もうすぐ十歳になります。その間社会もこの理容業界も私達の店も大きく変化しました。「女性のお顔そり専用個室」は沢山の方々のアドバイスと協力のお陰で、女性にも男性にも好評です。しかしまだ改善ポイント満載、しなければならないことは限りなくあります。それは成長できる要素と楽しみが沢山残っているのと同じです。
   そして私たちが理容という仕事にやりがいを感じ頑張れるのは、前の世代が何かをやり残してくれたから、美味しい部分も苦い部分も程よく課題を残してくれたからだと思います。これからは私たちが次世代を担う子供たちに、理容業のすばらしさ楽しさ可能性そして課題を伝えていかねばなりません。
   ネイリスト、エスティシャン、スタイリスト、カウンセラー、美と癒しに関わる職業に就きたい人は皆、理容師になって欲しいとさえ思う程です。大学などで本格的に造形学や心理学を学び、様々な専門分野の知識や資格を併せ持つダブルライセンスの理容師も新たな姿でしょう。医療とエステを連携させて緩和ケアに役立てている国があるように、日本なら理容がその役割を果たせると思います。私達がやり遂げることは難しくとも、これから理容師を目指す人ならきっと可能です。
 最後に「やる気、勇気、元気」という全理連の合言葉を女性理容師向けにこうアレンジします。逆境の今だから「前向き」に、女性だからこそ「ひたむき」に、「公益」の志しを持ってお客様と社会と自分のために、出来ることを少しずつ自分達の手で改善し、イキイキしたお店にそして魅力ある業界にしましょう。そしてその後ろ姿を大勢の子供達に見てもらいましょう。将来の理容業を託す人達が少しでも増えるように、大好きなこの仕事を続けていきたいと思います。

 

 

審査講評
審査委員長 尾﨑  雄 (生活福祉ジャーナリスト)

  繁盛店には、顧客を引き付けて離さないオンリーワンが必ずある。この店は、わけあって女性理容師だけの店舗となったが、それを逆手にとって繁盛店への道を見出した。忘れられていた「本レーザー」による肌触りの優しさを再発見。女性客に喜ばれる顔剃りをセールポイントにした。女性客の比率が四割に近づくと「女性の顔剃り専用の個室」を設けるが、それは男性客に窮屈な思いをさせない配慮でもあった。ネット販売や大型激安理容店が幅を利かせる世相だからこそ、人と人との心を通わせる工夫と気遣いが、地域の新たなニーズを掘り起こし、経営を支える。コミュニティと共存共栄する小規模サービス業ならではの確かな目線と地道な努力は、男女を問わず理容経営者に必須である。文章は応募作品のなかで最も分かりやすく説得力に溢れる。

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