「理容2015メッセージ全国大会」優勝作品

「夢に向かって」

東北協議会代表 (福島県)  半谷 竜磨

 

 私は、東日本大震災の原発事故で全町避難を余儀なくされている福島県浪江町の出身です。祖父母の代から続く、理容店の三代目を目指し理容学校で勉強中です。
 四年七ケ月前の三月十一日、中学校の卒業式を終えた数時間後「ズズーン」と突き上げるような鈍い音と今まで感じたことのない激しい揺れ、壁ははがれ落ち、窓ガラスは割れ何が何だか分からずやっとの思いで外に出ましたが、恐怖で声も出ませんでした。
 そして津波警報が発令され、沿岸部が大津波に襲われ、逃げのびた人達は口々に原発事故を心配し、その日は不安で一睡もしないまま、夜明けを迎えました。
 その後まもなく原発事故が発生し、全町避難命令で家族一同着の身着のまま、やっとの思いで福島市の避難所まで逃げました。この避難所生活で私の人生は、大きく変わりました。
 避難所では家族8人が何とか座れる程度の場所を与えられましたが、高校にも通えるようになるか心配で、理容師になる夢を諦めかけていました。そんな落ち込んでいた私に勇気を与えてくれたのが地元の理容組合の方々がカットボランティアや炊き出しに来てくれたことです。
 一人一人丁寧にカットをし話しかけ、避難者の中には生きる勇気をもらったと、手を合わせて拝むお年寄りや、笑顔の子供達がいました。
 私の母も、組合から届いた鋏と櫛で、一緒にボランティアに参加しました。中学を卒業したばかりの私にも理容組合の団結力、さらに理容という仕事はこんなにも生きる力を与えることが出来る仕事なんだと改めて感じました。
 思い起こせば子供心に理容師になろうと思っていたのは、祖父がいつも楽しく働き地域の憩いの場として皆さんに愛されている姿を見ていたからです。忘れかけていた想いがよみがえり、祖父母が創業した店を復活させるという決心ができた瞬間でした。
 私は、サテライト校に通い、高校生活も三年目を迎え、進路を決める時期になり、先生に理容師になりたいけど、経済的に厳しいことを話しました。その頃、理容学校の生徒募集に来た組合役員の方に東京の滝川という会社が被災地の理容師を目指す学生を支援していることを聞き早速応募してもらい、奨学生として理容学校に入学する事が出来ました。
 学校生活は技術大会等もあり、楽しい毎日です。昨年は組合の大会でも優勝し北海道札幌市で開催された、全国学生技術大会に一年生ながら出場させて頂きました。入賞は出来ませんでしたが、素晴らしい経験で更に夢が広がりました。
 大震災で生まれ育った故郷が無くなり、失ったものも沢山ありますが、学んだことも多くあります。全国の皆様からの沢山のご支援、心の支えとなる励まし、絆の大切さ、今、町には刈るだけの店が乱立していますが、心身の安らぎと本物の理容を求める消費者も沢山います。
 私が、今お世話になっているサロンのオーナーは大会の優勝者でもあり、技術も経営も本物を追求する人で「時代はどう変わろうと人々が健康で美しくありたいと願う心は変わることはない」といつも言っています。私もこれからの理容は総合健康産業として業態化し、消費者目線で売れるメニューと売る力を高めれば、繁栄の要素は無限にあると思います。福祉理容の要望もますます高まるだろうし、今、福島県は原発事故で若者の人口が大幅に減っています。
 元の福島に戻るには何十年かかるか分かりませんが、私は福島でヘアー産業のプロとして地域を支え、共に歩み、少しでも復興に役立ちご支援頂いた全国の皆様に恩返しできるよう頑張ります。
 福島は負けない!!
 ご清聴ありがとうございました。